Proceed to content

Episode 16
2026.06.11

相反するものの共存が導く衣服

森 崇(デザイナー/LIMIDEA INC.)

Episode 16

TYPE-E 001のトップ(手前)と、製造のプロセスで用いる金型(奥)。

A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)は、A-POCの発想と、「LIMIDEA INC.」の森 崇氏が長年探究してきた特殊なエンボス加工を融合させたTYPE-E 001を発表しました。生地に施された立体的な凹凸は、光を受けて美しい陰影を映し出すだけでなく、肌との接触面を最小限に抑え、衣服内に心地よい空間を生み出します。この技術を、いかにして発展させるか。A-POC ABLEにとっては未開拓だった「エンボス加工」という技術を軸に、「一枚の布」の可能性を探究したプロセスを振り返りました。

エンボス加工に秘められた可能性を探る

——まず、今回の協業が始まった経緯をお聞かせください。

森 崇(以下、森) もともと私は、1999年から2005年まで三宅デザイン事務所及びイッセイ ミヤケに在籍し、企画職としてISSEY MIYAKEやISSEY MIYAKE MENを担当していました。当時のコレクションのなかにエンボス加工を施したピースがあり、なんて面白い技術なのだろうとすっかり魅了されたことが、私がこの技術に興味をもったきっかけでした。自身のブランドの設立後も独自にエンボス加工の研究を続けていたなかで、公私を通じて宮前さんとお話しする機会があり、いつからか協業を検討するようになっていました。

宮前義之(以下、宮前) イッセイ ミヤケで経験を積まれた方々の多くは、独立後もなお、ものづくりやデザインへの姿勢を大切にされています。森さんもそのお一人です。エンボス加工は、ISSEY MIYAKEのコレクションで使われたこともありましたが、一般的には服作りに用いられる技術ではありません。しかし、森さんはデザインという視点でこの技術と向き合い続けていらっしゃいました。

Episode 16

取材は「LIMIDEA INC.」の森 崇氏(右)に加え、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEデザイナー宮前義之(左前)と同エンジニアリングチーム・星野貴洋(左奥)が参加した。

森 エンボス加工の面白さは、一言では語りきれません。まず、無地の生地に立体的な加工を施すことで、着色に頼ることなく、造形そのものによって柄が浮かび上がります。無地でありながら柄でもあるという、相反するものが共存しているところに不思議さを感じました。しかも、その柄は見る角度や明るさによっても印象が変わります。

こうした見た目の美しさや面白さだけでなく、加工するプロセスの複雑さといった点でも、エンボス加工は長く探求していく価値のある技術です。なぜなら、圧力、時間、温度といった3要素の配分によって仕上がりが大きく変わるからです。この3要素の配分がうまくいかないと生地がテカテカしてしまったり、破れてしまったりする。どのような生地に、どのような加工を、どのような塩梅で施すと最も魅力的に仕上がるのか。その掛け合わせを、20年以上研究してきました。

研究の規模を広げたい、より多くの人にエンボスの魅力を知ってほしい、と考えた時、やはり一人では限界があります。でも、A-POC ABLEにはその環境が整っている。ラボラトリーのような環境で、志をもったメンバーと知恵を出し合いながらさまざまな実験ができて、世界に向けて発信していくこともできます。そして、自分がエンボスに魅了されるきっかけを与えてくれたイッセイ ミヤケでまたこうして一緒に研究できることは、このうえなく嬉しいことでした。

宮前 と、森さんは言ってくださってますが、森さんがもともと開発されていた技術もかなり完成度の高いものでした。協業がスタートしたときにその技術を拝見しましたが、私の正直な感想として「A-POC ABLEとしてこれ以上にできることがあるのだろうか」と感じたことを覚えています。一緒に研究するからには、森さんが大切にされてきた技術をA-POC ABLEらしく発展させなければいけない。そんな責任とプレッシャーと共に始まった協業でした。

Episode 16

森氏は、エンボス加工にウレタンを使う製法で2020年に特許を取得。TYPE-E 001を制作するプロセスの初期段階では、生地と柄の相性を研究するために数十種類のウレタンの型を用意し、検証を重ねた。写真は、その際に用いたウレタンの端切れ。

Episode 16

「LIMIDEA INC.」の森 崇氏。

エンボス加工の技術に「A-POC ABLEらしさ」を加える

——今回の協業は、どのようなプロセスを踏みながら進んでいったのでしょうか。

星野貴洋(以下、星野) もともと森さんは2020年にエンボス加工の製造技術で特許を取得し、専用の金属のフレームも開発されています。まずは、その技術をきちんと理解することから始めました。

森 私が特許を取得しているのは、一言で表すと、エンボス加工にウレタンを使う製法です。通常、布にエンボス加工を施すには押す側と受ける側、対になる二つの金型を使い、布の表面を立体的にしていきます。しかし、金型を用意するには相応の費用がかかります。そこで、この製法はウレタンを組み合わせて片方の型の役割を持たせることで、従来の方法よりも費用を抑えているのです。

Episode 16

森氏とA-POC ABLEエンジニアリングチームの協業が始まると、まずはエンボス加工を施した時の生地と柄の関係性を学んだ。

星野 森さんはその技術を使い、すでに衣服の形になった生地を板の上に置き、上からプレスすることで柄を施すという手法をとられていました。そこにA-POC ABLEとしての必然性をどう持たせるか。私たちが最初に着目したのは、そのプロセス自体です。「A-POC」には、生地にあらかじめ柄や服の構造を設計するという考え方があります。だから今回も、後から柄を乗せるのではなく、衣服の形をした金型を作り、その中に柄を設計すべきではないか。そう考えました。しかし、そこからが試行錯誤の連続でした。どのような生地に、どのような柄を入れるのか。そもそも衣服にエンボスを施すというのは、どういうことなのか。それを学ぶために1年くらいかかりました。

——エンボス加工という技術を理解するために1年もの時間をかけていった様子からは、丁寧にプロセスを踏んでいこうとした意思も感じられます。今回の協業においては、特にどのようなことを重視されていたのでしょうか。

宮前 今回、実はチーム内では、A-POC ABLEが未開拓な技術を若手のエンジニアに発展させてほしい、という期待がありました。これまでは「Steam Stretch」と「Baked Stretch」の2つを軸にしてきましたが、ここにはすでに専門知識を備えた熟練のメンバーもいます。そこで、今回は星野に挑戦してもらったのです。

森 私も、才能のある若い人が初めてエンボスに出会ったとき、どんな発想が生まれるのだろうと楽しみにしていました。自分はすでに20年近くエンボスを研究していて、思考が硬くなっている部分もあります。だから、自分が得てきた技術や知見は惜しみなく共有する一方で、柄や生地は星野さんに自由に選んでほしいと思っていました。

Episode 16

A-POC ABLE ISSEY MIYAKEエンジニアリングチーム・星野貴洋。

星野 森さんと一緒に工場に行き、最初は50種類ぐらいの生地に表からも裏からもエンボス加工を施してみて、どのような出方をするのか試してみました。そのうちにエンボスから山をイメージするようになり、山脈のように高さの違いを出したらどうかと考えました。森さんが「影ができることによって、見る角度や明るさによって異なる美しさが生まれる」とおっしゃっていたことも、ヒントの一つです。その影が、一段階のエンボスよりも、二段、三段と高さが変わっていくほうが、陰影に深みが増してさらに美しくなるのではないかと思ったのです。そこから、段差やグラデーションのつくり方を検証していきました。

森 まずは、その発想が面白かったです。自分は今まで一段での加工を前提に取り組んできましたから、確かに段を重ねたらどうなるかと私自身も興味を持ちました。でも、そこからが長かったですね。

星野 実際に試してみると、プレスの圧が強すぎて、グラデーションが分からないくらい押しつぶされてしまったのです。結局、その方法ではあまり段差を生み出せませんでした。

森 「柄が出ないね」って言いながら、何度も試しましたよね。でも、振り返ってみると、試行錯誤していたその時間も充実していました。長らく一人で研究していた自分にとって、ものづくりの楽しさを若手のエンジニアと共有できたことがとても嬉しかったです。さらに、工場の方も一緒になって楽しみながら実験に協力してくださったのが良かったですね。

星野 工場の方と相談しながら、ウレタンを斜めにカットして版を押してみたら段はつくだろうか、などさまざまな実験をしましたよね。「服では実践したことがないけど、昔、他の製品でこんな型を活用したことがある」といったアドバイスをいただいたりもしました。

森 私が在籍していた時代からイッセイ ミヤケは現場主義でしたが、やはり、実際に工場に赴くことによって得られるアイデアがたくさんありますよね。

宮前 工場の方々と対話を重ねることは、ものづくりの根幹に関わるほど重要なことです。アイデアがあっても現実的にはそれを形にすることは難しい、というケースは多々あります。工場の方に「できない」と一蹴されてしまうことも。けれど、エンジニアが熱意を伝えれば、「やってみよう」と思ってもらえるかもしれない。便利な連絡手段はいくらでもありますが、やはり会って話すことに勝るものはありません。ものづくりにおいては、そういった信頼関係が欠かせませんよね。

Episode 16

A-POC ABLE ISSEY MIYAKEデザイナー宮前義之(中央)。

——期待するような成果が得られなかったなかで、どのように視点を切り替えていかれたのですか。

星野 柄の出し方については、原点に戻って森さんが長年使用されていたシンプルな打ち抜きの型を採用することにしました。たとえば、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」では製品プリーツの活かし方を探り続けていますし、「BAO BAO ISSEY MIYAKE」では三角形のピースの組み合わせ方の可能性を追求しています。同様に、森さんの型も、組み合わせ方を変えることで新しい柄ができないか試すことにしたのです。今回特に意識したのは、BAO BAOの三角形のように、できるだけシンプルで、どのような大きさになっても違和感のない形を使う、ということでした。そこで、まずは形と形の関係性を探るために、紙で金型の模型を作成しました。大きな柄の型と小さな柄の型を組み合わせるとどのような柄が生まれるか、大小どちらの柄の型を上にするかで柄の見え方は変わるのか、といった具合に、実際に手を動かしながら検証していきました。

Episode 16

白い正方形の紙から異なる形状を切り抜き、エンボス加工用の型を検討するための模型を作成した。

森 このプロセスを経て、工場で初めて生地にきれいな柄が出た瞬間には二人で歓喜しましたよね。「出た!」って。

星野 あの時は本当に嬉しかったですね。さらに検証を続け、視覚的に最も面白く、力強さを感じる柄を絞り込んでいきました。最初は製品プリーツのような、すっと通る長い線を意識したのですが、エンボス加工にする際、線が長くなるほど湾曲しやすくなってしまう。そこで発想を転換し、あえて線を途中で断ち切ってみたところ、柄が安定しただけでなく、ブロックが整然と並ぶような新しい表情が生まれました。

Episode 16

TYPE-E 001が完成したあと、あらためて紙の模型を眺めながら実験のプロセスを振り返る宮前と星野。

金型は、継続することの意思表明

——今回の協業のプロセスを振り返ってみて、あらためて感想をお聞かせください。

宮前 動き出してから2年近くかかりましたが、その結果、きちんとA-POC ABLEらしさを設定できて良かったと思っています。まず、衣服の形に対して、きちんと柄を設定できました。さらに、現場での作りやすさに配慮しながら、独自の美しさを引き出すという、ものづくりにおいて重要な機能と意匠を両立させることもできました。

森 私も、エンボス加工という技術をイッセイ ミヤケらしく発展させてもらえたと感じています。まず、柄が二段になっているという点において、技術の掘り下げ方がイッセイ ミヤケらしい。さらに、生地選びやエンボス加工の出し方に気品があります。なにより、今回のためにつくった金型を見た時に、「あぁ、『GAUFRAIT』(森氏による、エンボス技術に特化したテキスタイルブランド)と『A-POC ABLE』が融合したな」と感じました。

宮前 一般的な服作りの発想であれば、やはりさまざまな形へと展開したくなるものです。そのため、コストをかけて金型をつくることはほとんどありません。だからこそ、この金型は実用的なものであると同時に、「きちんと継続していく」というA-POC ABLEの意思の表れでもあるのです。

Episode 16

森 私は、「一枚の布」というA-POCの基本的な考え方を物語っているようにも感じています。この金型そのものに、アートのような美しさがありますよね。

——TYPE-E 001に採用した生地についても教えてください。

星野 無数の生地を試した中で、今回は軽やかさと柔らかさを兼ね備えたポリエステル・ジャージーを選びました。採用した理由は、着心地が良く、そのうえ保形性や速乾性といった機能性にも優れているからです。

着心地の良さという点では、エンボス加工という技術自体の特性も生かされています。生地に凹凸があるので肌との接触面が減り、少し離れている部分に空気が入ることで心地よさにつながるのです。今回はTシャツとパンツですが、今後、ジャケットや他のアイテムをつくる計画もあります。アイテムごとに最適な生地や柄が変わるはずなので、これからも研究を続け、TYPE-Eを発展させていきたいと思っています。

Episode 16

宮前 A-POC ABLEには、自由に探究しながらも、立ち戻るべき基準があります。日常のさまざまな場面で着られること、洗濯ができること、多様な体型に寄り添えること。そして、機能性も重要なチェック項目です。たとえば、そのジャケットを着て飛行機に乗り、そのまま会議に行けると、生活の中で実際に役立つ衣服になりますよね。そう考えると、形が崩れないように設計する必要も出てきます。技術を活かしながら、それらの基準をどう満たしていくか。そこに難しさがあり、同時に一番の面白さもある。イッセイ ミヤケのものづくりは、そこまで踏み込んで考えることで、はじめて生まれるものだと思っています。

森 エンボスという加工技術を使って何を実現したいのかを、常に考えなくてはいけない。その答えは、突き詰めれば人を幸せにするということです。そして、衣服とは人が袖を通した瞬間に初めて完成するものです。その時に、「なぜエンボスでなければならなかったのか」という必然性がないと、技術を真に活かし切ったとは言えない。そう思っています。

宮前 最後に私からも森さんにお聞きしたいのですが、今回の協業の中で印象的だったことはありますか?

森 星野さんが試行錯誤する姿や柄のアイデアを見ながら、自分がイッセイ ミヤケで働いていた時に好きだった考え方や姿勢が、今も確かに受け継がれているのだと感じました。ファッションの世界を見渡すと、多くは3か月、6か月という短いサイクルで流行や技術が移り変わっていきます。でも、そのなかには、たった1回のコレクションで終わらせてしまうにはもったいないピースがたくさん眠っている。エンボス加工もその一つです。この技術を、星野さんをはじめA-POC ABLEの皆さんと一緒に、時間をかけて丁寧に発展させられたことが、とても嬉しかったです。

Episode 16

森 崇 | Takashi Mori
LIMIDEA INC.代表。Less Is More + IDEAのコンセプトを主軸に、ミニマリズムにアイデアを加える手法にて数々の企業のディレクターとして携わる。文化学園大学大学院の特任准教授を務める中、2016年エンボス技術に特化したテキスタイルブランドGAUFRAIT(ゴフレ)をケーススタディ的に立ち上げる。衣服以外にもインテリア、プロダクト、音楽と幅広い分野でクリエーションを実施中。