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Episode 15
2026.04.01

ダイナミックで、勢いがあり、優雅なるもの

花原正基(グラフィックデザイナー/SOAR NY)

Episode 15

A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)では、2026年3月より「TYPE-XV SOAR NY project」の販売をスタートしました。ニューヨークを拠点に活動するグラフィックデザイナーの花原正基さんが率いるグローバルデザインスタジオ、「SOAR NY」との協業です。A-POC ABLEのBaked Stretchの技法と、SOAR NYのグラフィックデザインが融合するまでには、長い時間をかけて密度の濃い対話が繰り返されました。その軌跡を辿ります。

Baked Stretchの可能性を探る

——まず、今回のプロジェクトが生まれた経緯について、お聞かせください。

宮前義之(以下、宮前) 花原さんのお仕事を最初に拝見したのは、約10年前です。資生堂でクリエイティブ・ディレクターとしてご活躍されていた頃でした。当時から花原さんのグラフィックには鮮やかな色使いと、動きのあるダイナミックで美しい構図が共存していて、その絶妙なバランスによるデザインに強く惹かれたのを覚えています。その後、独立されてニューヨークでデザインスタジオ「SOAR NY」を設立されてからも、花原さんのご活動には注目していました。

今回のプロジェクトの直接のきっかけになったのは、A-POC ABLEが2024年5月に初めてニューヨークでイベントを開催した際に、花原さんが来てくださったことです。会場に展示していたBaked Stretchのプロセスに興味を持っていただき、私自身も花原さんと一緒に仕事をしたいと思っていたこともあり、今回の協働につながりました。

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A-POC ABLE ISSEY MIYAKEデザイナー・宮前義之。

花原正基(以下、花原) Baked Stretch自体への興味もありましたが、A-POC ABLEがプロダクトのみならず、プロセスさえも展示していた点に魅力を感じたんです。その時は、Baked StretchとSteam Stretchという、A-POC ABLEの核となっている2つの技術を実演されていました。そういった、音や熱といった五感を伴う体験がニューヨークの人々を魅了していて、イベントはとても盛況でした。自分もこの輪の一部になりたいな、という思いが自然と芽生えていました。

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グラフィックデザイナー花原正基氏。

高橋奈々恵(以下、高橋) Steam Stretchに興味を持ってくださる方が多いなかで、Baked Stretchで一緒にプロジェクトをやりたい、と言ってくださったのは花原さんが初めてでした。よく考えてみると、花原さんのグラフィックは色彩豊かだから、色の鮮やかさを特徴としているBaked Stretchに興味を持ってくださったんだなと、納得しました。

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A-POC ABLE ISSEY MIYAKE デザインエンジニア・高橋奈々恵。

花原 プリントされた特殊な樹脂に熱を加えることで、2Dの静止している生地がぎゅうっと立ち上がって3Dになる。さらには、その生地が身体にまとわれていく。Baked Stretchは動きを伴うデザインだなと思った瞬間に、たちまち興味が湧いてきたんです。私自身が、日頃、グラフィックデザインをするときに「モーメンタム」をキーワードにしています。「勢い」や「動き出しそうな」という意味なのですが、Baked Stretchにもそういった動力のエネルギーのようなものを感じました。

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TYPE-XV SOAR NY projectのために花原氏が手がけたデザインの一部。

宮前 Steam StretchとBaked Stretchには、それぞれの良さがあります。Baked Stretchの良さとは、第一に手捺染(てなっせん)という染色技法を用いて、版を重ねながら生地の色彩を豊かにしていること。そこに花原さんの表現を加えたら、Baked Stretchの表現が発展するかもしれないという期待があって、その可能性を探ってみることにしたのです。

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スタディを重ねる、花原氏率いるSOAR NYチームとA-POC ABLEチーム。

——発展、という言葉が出てきましたが、あらためてBaked Stretchとはどのような技法なのか教えてください。

宮前 もともとは、ISSEY MIYAKE が2016年春夏シーズンのコレクションとして初めて発表した、プリーツ製法です。それをA-POC ABLEで再構築し、2023年からTYPE-Pとして展開しています。Baked Stretchは、一枚の布にパターンの設計と色柄を重ねてプリントし、高温で膨らむのりの特性をいかしてプリーツの形状を生み出します。手捺染という染色技法は、シルクスクリーンの型とスキージというヘラを用いて、糊を混ぜた染料を素早くかつ、均一に手仕事でプリントしていく。それによって、美しい視覚効果と心地のよいストレッチが同時に表れるのが特徴です。

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(左)ベイクド加工後に糊を洗い流しているところ。(右)さまざまな柄とプリーツ形状を組み合わせてスタディしているところ

花原 言葉で説明するとシンプルなのですが、実はプロセスがとても緻密に設計されていて、理解するのに時間がかかりました。プロジェクトが始動して最初のオンラインミーティングでは、Baked Stretchのプロセスを実演つきで解説していただきました。それがなかなか一度では理解できなくて、何度も録画を見返しました。それでも、わからなかった。会議の文字起こしを作り、重要な工程は画面を切り取り、それを拡大して見たりもしました。

高橋 私たちエンジニアチームのメンバーでも、このプロセスを理解するまでには苦労します。2Dと3Dを行き来する仕事なんです。平面の布に対して、熱を加えて布を起こしたときのことを考えながらパターンを作っていく。頭のなかで行き来する必要があるのですが、その行き来しやすくなる感覚を得るのが、仕事を始めてから10年目ぐらい。そこに辿り着くまでがとても大変なんです。

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宮前 熱を加えて布が縮んだ時に、首の横や脇の部分にどの柄が来るのか、ということ。あるいは、ばらばらな方向に向かっているように見えるプリーツの角度を、実は体の動きを計算しながら施していること。一見、無造作に思えるデザインをA-POC ABLEでは細かく設計し、ISSEY MIYAKEが最初にBaked Stretchを発表したときよりもさらに完成度をあげていくことが、我々にとっての挑戦でもあります。そこにさらに、花原さんの優雅でありながら勢いのあるグラフィックを重ねてみると、我々が今まで生み出してきたものよりもさらに躍動感があって、生命感が溢れるプロダクトを生み出せるのではないか。それが、今回の大きな試みでした。

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中谷 学(以下、中谷) プリーツ目の部分は我々の衣服にとって重要な要素であるのだけど、そこにいかに花原さんのグラフィックを融合させていくのかが非常に難しかった。A-POC ABLEのエンジニアチームにとっても大きな挑戦でした。色数の制約もありました。花原さんの持ち味を活かすためには何色もの色を重ねたいけれど、実はBaked Stretchならではの制約もあるからです。例えば、色を増やすには版を重ねる必要がありますが、版に1回かけるごとに生地は固くなっていきます。すると、版を重ねた分だけ着心地が変わっていく。さまざまな要素をふまえて考えると、使えるのは最大で3色までじゃないか、という話も出ました。しかし色数を絞れば、花原さんの表現の幅も狭まってしまう。私にとっても大きく悩んだ部分でした。

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A-POC ABLE ISSEY MIYAKE デザインエンジニア・中谷学。

共に悩み、それぞれの地平を切り開く

花原 私も、プロセスの中でなんだかうまくいかないな、と感じていた段階がありましたね。もう少し良い絵柄を提案できそうだけど、これでは再現性がないな、と感じてしまい、いいグラフィックデザインが思い描けない瞬間もありました。でも、常に前に進むための議論ができた点が良かったです。A-POC ABLEのみなさんは常に前向きで、壁にぶつかったら視点を変えてみる、という姿勢で対話してくださったんですよね。対話をするたびにエネルギーをもらって自分の持ち場に帰ってくる感覚があって、それがすごく嬉しかったし、楽しかったんです。

中谷 やはり、花原さんの良さを全面に出してほしかったんです。プロジェクトに取り組むからには、お互いに引き上げていき、それぞれの仕事のヒントを得られるようにしていきたかった。そこで、A-POC ABLEでも、今までにやったことがほぼないプロセスを辿ることになりました。今振り返ってみると、花原さんと一緒に試行錯誤したことで我々が得たものは本当に大きかったです。糊のパターンの中にグラフィックデザインを組み込んでいく、という新しい表現方法を得ることができました。それによって、TYPE-PというA-POC ABLEのチームだけで作るオリジナルのシリーズでも、プロダクトの幅が広がりました。

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花原 私自身にとっても成長に繋がるすばらしい機会になりました。今回の協業のプロセスは、学びが多く自分の作品がより豊かになった気がしています。

中谷 グラフィックのアイデアが溢れ出てくるようになったタイミングがありましたよね。

花原 どんなグラフィックがBaked Stretchに合うか悩んでいた時、宮前さんが「タイポグラフィで行こう」とディレクションしてくださったのも大きかったです。そこから、急に進めやすくなりました。

宮前 プレゼンテーションのたびに、花原さんがとてつもない量のグラフィックを見せてくださったんです。一つひとつ、柄の強度もあって、どれも素晴らしかった。緑色の使い方ひとつ見ても、大胆で、のびやかで、優雅さも兼ね備えていた。選びきれないほどでした。

星野貴洋(以下、星野) Baked Stretchでは使いきれなかった絵柄を拾い上げようとして作り始めたのが、TYPE-XV 002と003です。でも、サンプルを作ってみると花原さんから「もっと色々なことができます」と提案してくださって、新たな絵柄を20、30案と出してくださったんです。

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A-POC ABLE ISSEY MIYAKEデザインエンジニア・星野貴洋。

花原 TYPE-XV 002と003は、A-POCを象徴する無縫製ニットでTシャツを作ることになっていたので、プリーツ用の糊は必要ありませんでした。しかし、あえてグラフィックデザインのモチーフとして糊のパターンをストライプ柄に見立てた、というのがこの絵柄です。

星野 まさか糊を塗る部分でさえデザインになる、という感覚は私たちにはありませんでした。花原さんは本当に発想が柔軟で、毎回、楽しいな、面白いな、と思いながらグラフィックを拝見していました。

中谷 いま見返して見ても、すべてのグラフィックが美しい。今回は使えなかったものを次のシーズンで展開していきたいな、という気持ちになります。

高橋 まるで、もともとA-POC ABLEのなかにあったかのように、私たちが大切にしている美意識が内包されていますよね。

宮前 それでいて、私たちだけでは生みだせない素晴らしい絵柄を花原さんが提案してくださった。やはり花原さんのグラフィックは、格別なんです。清らかで、華やかで、そして躍動感がある。自由さや優雅さを保ちながらグラフィックに強度を持たせることは、そう簡単ではありません。今回のプロジェクトでは、その壁を花原さんが突き破ってくれました。あらためて、外部の方と協働する醍醐味を感じられたプロジェクトでした。

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人が見落としてしまうものにこそ、アイデアが隠れている

中谷 今回のプロジェクトに限った話ではないのですが、Baked Stretchの完成したプロダクトを見ていると、「あ、ここ、生地が嫌がっているな」と感じる部分が見えてくるんです。

花原 生地が嫌がっている?

中谷 経験を積むと、生地の声が聞こえてくるようになるんです。

高橋 あるんですよ、嫌がっている部分が。

中谷 でも、嫌がっているところを残すことも大切なんです。そこに余白を残さないと、ひとりよがりのプロダクトになってしまう。私たちがやりたいことを突き詰めて、すべて修正して完璧なものに仕上げたとします。ところが、そうすることによって、誰も魅力を感じてくれないつまらないものになる場合もある。

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高橋 花原さんも、今回のプロジェクトを通じてBaked Stretchをずいぶん理解してくださったので、生地の声が聞こえてくるようになるかもしれませんよ。

花原 私はまだまだ、そこまで解像度は上がっていないかもしれません。

中谷 ところで、花原さんは、いつもどのようにして絵柄を考えているんですか?自分の中で色や柄の組み合わせの正解のようなものをお持ちなのかな、とずっと気になっていました。そもそも、色から考えるのか、グラフィックがあってそこに色を当てはめていくのか、アイデアの源は何なのでしょうか。いつかお聞きしてみたいなと、ずっと思っていたんです。

花原 今回ご提案した柄の中には、直感で生まれたものもありますし、あるいはキャンバスに絵を描きながら「こうしたら面白いかな?」と探っていったモチーフもあります。使わないと思って避けていた絵を何枚か組み合わせたら、「あれ、面白いかも?」という柄ができたこともありました。

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中谷 その感覚、大切ですよね。見落としてしまうようなものの中から、「これって面白いかも?」と閃きを得られるかどうかは、大きい。

宮前 自分たちの仕事でも、それはありますね。拾い上げる力というか、直感というか、その感覚にうまく当てはまる言葉が見つかりませんが、確かにそういう力は必要だと思います。

中谷 気にも留めない些細なことのなかに、ヒントが隠れている時がある。たとえば、ぱっと紙が落ちてくるその瞬間の動きに惹かれて、「これに再現性を持たせればもっと面白くできる」と、興味を持つとしますよね。そういう好奇心を形づくるための環境がイッセイ ミヤケの中にはある。どんどん実験できるし、突き詰められる環境です。

花原 そういった文化や空気のようなものを、私も今回の協働を通じて強く感じました。異業種の人との協働も、新しいアイテムを生み出すためではなくて、もっと未来を見据えている印象を受けました。核となる思想や哲学があって、服作りを実践しながらそれを体現している、というのでしょうか。その挑戦に、自分も参画させてもらったと思っています。

宮前 花原さんも、どんどん新しい挑戦をされていますよね。2025年には、ニューヨーク市からの委託で、日本人デザイナーとして初めてブルックリン・DUMBO地区で大規模なパブリックアートを制作されていました。この壁画がまた素晴らしくて、花原さんのグラフィックは大きな空間に対しても親和性があるなと感じました。今回のプロジェクトではISSEY MIYAKE GINZA / 442で花原さんのグラフィックを大きくプリントして壁一面を覆いましたが、とても気持ちのいい空間になりましたよね。花原さんの作品は、スケールが大きくなってもその魅力が損なわれることがなく、むしろ空間全体にリズムや広がりを生み出してくれる。近くで見ても、少し離れて空間として感じても、どちらの距離感でも気持ちよさが立ち上がってくるような力があると思います。

花原 インテリアや都市空間に対してグラフィックデザインがどうアプローチできるのかにも今は興味があります。今後もA-POC ABLEのみなさんと協働しながら、可能性を広げていきたいですね。いつか、私の活動の拠点であるニューヨークでも、一緒にプロジェクトをできたらいいなと思っています。

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花原正基 | Masaki Hanahara
2025年、ニューヨーク市からの委託により、日本人デザイナーとして初めてブルックリン・DUMBO地区で大規模なパブリックアートを制作。主な受賞歴にニューヨークADC金賞、One Show金賞、JAGDA新人賞など。近年はニューヨークADCやロンドンD&ADなど、国際的なデザインアワードの審査員も務める。