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エレーヌの日日

プリーツ プリーズのある日常

第3回 舞踏をまなぶ

第3回 舞踏をまなぶ

彼女はエレーヌ・ケルマシュテール。
PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE BASICSのスカートにあわせたのは、袖に雲と虹があしらわれた別ブランドの薄手ウールのニット。猫のイラストがトゥに描かれたフラットシューズ。コーディネートから、わくわくした気持ちが見えてくる。

この日、エレーヌは以前から興味をもっていた、ある日本の文化を習いにきた。
それは舞踏だ。1960年代初めに土方巽(ひじかた たつみ)と大野一雄らによって創造された、人間の内面的な問題をあつかう身体表現である。クラシックバレエやモダンダンスとまったく異なるその独創的な表現は多くの知識人を魅了し、80年代以降には世界中に広がり、現在も世界各国に多くのファンがいる。

エレーヌに手ほどきするのは、舞踏家の工藤丈輝(くどう たけてる)。彼を介して舞踏を知ったという。
工藤は大学でフランス文学を学び、文章を書いているうちに言語表現だけに飽き足らなくなった。いろいろな身体表現を見るうちに、土方の一番弟子だった玉野黄一(たまの こういち)に出会った。
「師匠のやっていることはとても形而上的で、衝撃をうけました」
サンフランシスコを拠点とする玉野に師事した後、1992年からソロ活動を始めた工藤は、山海塾への参加を経て、現在はソロ活動を中心に世界各地で公演やワークショップをおこなっている。

「僕のワークショップは、いろいろなところから吸収しつつ考えたメソッドです。でも特別なものではない。クラシックバレエであれコンテンポラリーダンスであれ、何をするにも基礎は一緒で、関節をのばすストレッチ、体の軸やポジションをつくるエクササイズが大事ですから。体をつくる…というか、ゼロに戻すのです。その後、体ではなく心で動いてみましょう、と」

ふたりはいつ出会ったのか。ふたりとも「もうだいぶ前で、憶えていない」と言う。日本の現代美術を牽引する共通の友人の紹介だったという。長年そのパフォーマンスを見てきた工藤のワークショップに、エレーヌはこの日初めて参加する。

セッションが始まった。
まず工藤が踊ってみせる。床にうつ伏せになり、ゆっくりと這う。方向を変えながら進む。四つん這いの姿勢に変わり、そのまま進む。突然激しく体を震わせてジャンプし、つま先立ちになる。中腰で震えるように歩く。ゆっくりと体を回転させながら立っていく。彼のゆったりした麻の服が、揺れる。
エレーヌは工藤と並び、彼を見ながら一緒に動き始める。
「母胎のなか…海にいた生きものがヒトのかたちになるまでのプロセス」
動きながら、工藤の低くおだやかな声がリードしていく。
「お母さんのお腹のなかでどう変わってきたか?あなたの体の記憶を辿って」
「その記憶は細胞のレベルで残っている」

彼の言葉は詩のようだ。シンプルだけれど、簡単ではなさそうだ。
別のセッションは「硬く重いものになってみましょう。石、コンクリート、鋼のような」と、ゆっくりと歩きながら始まった。
「どうしたらあなたは空っぽになれるか」
「何も考えないで」
「あなたの体のなかにビルを建てる」
「空からハンマーが現れて、そのビルを破壊する」
「あなたは部位ごとに崩される。風化するまで」

はじめ、エレーヌは必死に工藤についていっているように見えた。
だが、徐々に体から硬さが消えていった。体のなかのイメージが外にあふれだすように、彼女なりの舞踏の輪郭がうっすらと生まれてきているようだった。

工藤も変化した。5つのセッションが進むうちに、はじめの「舞踏の基本的な考えを教える」方向から「イメージと身体の遊戯」という方向へ変わったのだ。
フリーマーケットで購入したという着物を羽織ったエレーヌと、リラックスして両手を振りながら歩いたり、口笛を吹いたり、狐の妖怪の動きをして笑顔になったり。ふたりの動きがふっと寄り添う瞬間は、見ているこちらも広々とした気持ちになった。

「この短い時間だけで舞踏を理解したとは言えませんが、なんとかその本質に近づこうとがんばってみました。そして、楽しかった!工藤さんに感謝しています。私にとって一番難しかったのは、瞑想を練習するときのように何も考えずに空っぽになることでした。何年か前、フランスの画家、ファビエンヌ・ヴェルディエの展覧会カタログのために山海塾の天児牛大(あまがつ うしお)さんにインタビューしたことがあります。偉大な舞踏家は、舞踏ではまずニュートラルになり、そこから感覚を構築して表現するのだと言っていました。彼はこんなイメージで説明してくれました——コップが満たされていたら、何も入れられない。何かを入れるには、まずコップが空でなければならないと。私も空っぽになる方法を学ばなければならないと思います」

三宅一生がウィリアム・フォーサイスとフランクフルト・バレエ団のために作った衣装がプリーツ プリーズの始まりであることを知っているエレーヌは、すべてのセッションでBASICSとNEW COLORFUL BASICSを着用した。このワークショップを通して、プリーツ プリーズの原点を呼び起こしたいと考えたのだ。

「プリーツ プリーズは想像し得る最も軽い衣装として、ダンスの動きに完璧にぴったりでした。ある意味でこの衣服は、ダンスへの、自由な動きへの、軽さへの賛辞なのですね」

着るひと:エレーヌ・ケルマシュテール
(スタイリングも本人による。ニットや着物、アクセサリーなどの小物はすべて私物)
撮影:原田教正
ヘア&メイクアップ:不破裕幸
構成:原田環+中山真理|カワイイファクトリー
コンセプト&ディレクション:北村みどり