スペシャルプロジェクト
思いもかけない形へ導かれていくこと。
ニットやパンツに、頭、手足、胴体を入れて、さまざまなポーズを取り、静止する――まるで“彫刻”になったみたいに――。パリ中心部「カルーセル・ド・ルーヴル」で行われた今回のコレクション発表の冒頭でパフォーマーたちが取り組んだのは、オーストリア人アーティストのエルヴィン・ヴルムの代表作「One Minute Sculptures(一分間の彫刻)」でした。
「鑑賞者がアーティストの指示に従い、短い間、不自然なポーズを取り、一時的な彫刻作品になる」。そのコンセプトは、作品と鑑賞者の間にある境界を曖昧にするもの。見慣れたものを独創的な視点で捉え、固定観念を揺り動かすようなヴルムの作品から学び、コレクションのタイトルは「[N]either [N]or(どちらかである/どちらでもない)」とつけられました。さまざまなものの「間」にあるもの、その不確かな存在をめぐって、デザイナー近藤悟史とヴルムが語り合った対話の一部をお届けします。

ヴルム:私は自身のことを“彫刻家”として認識していますが、実は、元々絵画を勉強したくて芸術大学の入学試験を受けました。彫刻科に配属されてしまい、最初は落ち込みましたが、半年ほど経って気持ちを切り替え、「彫刻」を自分に与えられた挑戦として受け入れ、それを一つの概念として取り組んで探求しようと思い立ちました。そうしているうちに、彫刻というものが私のキャリアを語るうえで、欠かせないテーマになったのです。また、彫刻に取り組むだけではなく、自分が生きる社会、時代に向き合いたかったのです。
私が彫刻に取り組み始めるにあたって、まず身の回りの物や社会の出来事に着目し、それらを対象に彫刻的な視点で問いかけてみたところ、面白いことに気付きました。ギリシャやローマ、また日本古来のブロンズなどの彫刻を勉強していた時期があるんです。主に神仏や動物を模した彫刻を見ていましたが、それらは基本的に中空になっていて、造形を表すのはその表層にある、まるで一枚の“薄いブロンズの皮膚”のようなものなんですね。そんな発想に導かれて、我々人間も同じく皮膚があること、その上に第二の皮膚があり、それが衣服だということに気付きました。衣服そのものは平面であり彫刻的な要素はないのですが、何かを覆うことによって初めて立体的になります。
「One Minute Sculptures」では、スケッチを描いて、まず自分自身が体験し、後に友人や周りの人にも“彫刻”になってもらいました。それを写真や映像に撮っていく中で、面白いと感じて、アイデアを広げていきました。展覧会では一般の観客を巻き込んで、参加型のアートとして体験してもらいました。来場者には「これをある練習のように、私の指示に従ってやってください」と伝えて、そのとおりの動きをしてもらいます。
近藤:私たちも今回、コレクションを作るにあたり、スタッフで「One Minute Sculptures」のような作業をやってみたんです。頭が柔らかくなって、視点がすごく広がったような感じがしました。

近藤悟史とデザインチームが行った「One Minute Sculptures」にちなんだスタディ
ヴルム:ファッションのそうした面に面白さを感じます。衣服は着ることによって自分自身が生まれ変わるような可能性を感じますよね。Tシャツとジーンズを着た私もいれば、クラシックなジャケットを着た私もいる。ファッションを通して、異なるアイデンティティーが作られる。私は朝出かける前、クローゼットの前に立って服を選ぶ時に、少しだけ服の“声”を聞きたいんです。あるTシャツが「私を見て」、あるジャケットが「羽織ってみて」と伝えているように感じることが一番良いんです。「必ずこれを着よう」と自分で決めつけてしまうというのは十中八九くだらないことで、服に語りかけられた方が良いんじゃないかと思うのです。
近藤:私は衣服を作るとき、常に身体というものを意識しながら、「一枚の布」という最小限の要素からスタートしてどう発展させていくかを考えます。その過程で、偶然に導かれるもの――たまたま編み上がったニットの不思議な造形など――を大事にしています。その偶然性を、どう身体と対話させるかを探っていくような作業です。
ヴルム:共感します。私が創作をしながら学んだのは、自分が思い描いたコンセプトをそのまま実現することが、必ずしも最終形というわけではないということ。作品自身が生き物のように、意識を持って形作っていく。思いもかけないような形へ、作品に導かれていくこと。それは最も良い一方で、最も難しく怖いことでもあります。何が生まれるのか自分でコントロールできないですからね。それでも、やはり作品自身に委ねるということは重要だと感じますね。
近藤:最近はもっと自由でいいと思っています。本当に生き物みたいな、生きている服を作ってみたいですね。

近藤悟史とデザインチームが行った「One Minute Sculptures」にちなんだスタディ
ヴルム:三宅一生さんは素晴らしい衣服を作ってきたと思います。その身体と衣服の関係性の捉え方はとても独創的だと感じました。例えば、弾んで浮いているように見える素材。身体にくっつかず、まるで着る人のまわりを自由に動く個体のようなものです。これは彫刻的な捉え方だと感じ、興味深かったです。
近藤:その身体と布の間の空間をつくっているという感覚はこの会社の特徴であると思います。それはその空間がいかに身体に合うように、また弾むように、何か身体と呼吸するかのように作ることですが、色々な可能性を感じられます。
ヴルム:私の創作でも同じことが言えると思います。とても面白い考え方です。通常の服づくりとは全く異なるアプローチですよね。素晴らしいです。私の作品が今回の近藤さんのコレクション制作のきっかけになったように、私も近藤さんからインスピレーションを受けています。近藤さんの作ったものを見ると、色々と新しいインスタレーションのアイデアが湧いてきています。
近藤:今回、「One Minute Sculptures」をショーの演出に取り入れたことで、人々の感覚を刺激し、さまざまな視点がもたらされ、すごく広がりを感じるコレクションにできたと思います。人なのか、彫刻なのか、衣服なのか、そんな曖昧な投げかけが、コレクションの見え方を変えたなと感じています。

ヴルム:今回のコレクションのタイトルはとても興味深いですね。今の時代は、白黒を付けたがる、極端に走る傾向があって、その間にある微妙で繊細な部分がなくなっていると思います。決められたものをただ受け取り、思考停止してしまうのでなく、境界を切り開くこと。それが私の作品のアプローチです。例えば、「Flat Sculptures」という平面の作品シリーズがありますが、私はこれも「彫刻」として捉えています。私の作品は彫刻、絵画、映像、写真を定義する境界線みたいなものを越えて、その定義の間にあるものは何かについて考えさせます。近藤さんの作る衣服も、例えばこれはトップス、これはジャケット、これはパンツだと定義してしまわないことで、他の捉え方が生まれている。アートの役割は、ちなみに科学もそうだと思いますが、鑑賞者に何らかのセンシビリティを与えること、美しさを通して「あること」に気付かせるということですからね。
近藤:曖昧なのが美しい。ものづくりには答えがないというのがいいですよね。
ヴルム:そう、もしかしたら「質問そのものが答え」なのかもしれません。

Erwin Wurm エルヴィン・ヴルム
エルヴィン・ヴルム(1954年オーストリア、ブリュック・アン・デア・ムール生まれ)は、ウィーンとオーストリアのリンベルグを拠点に活動。そのキャリアの中で、彫刻の概念を根本的に拡大し、時間、質量、表面、抽象、表象といった概念を問い直してきた。1996年から1997年にかけて制作された「One Minute Sculptures(1分間の彫刻)」では、ヴルムは参加者に、日用品を使って行う動作やポーズを指示する。この一時的に参加者が彫刻になる作品は、写真撮影とパフォーマンスを取り入れることで、フォーマリズムに異議を唱えるだけでなく、パフォーマンスと日常生活、観客と参加者の境界を曖昧にする試みでもある。ハンドバッグに脚をつけたり、ソーセージのようなフォルムを歪めたり(Abstract Sculptures)、技術的なオブジェの体積を拡大したり(Fat Car、Fat House)。ヴルムはユーモアを重要な道具と考えており、彼の作品は本質的に哲学、心理学、あるいは社会的な問いに通じている。
十和田市現代美術館(日本、2025年)、アルベルティーナ・モダン(オーストリア、2024-25年)、ヨークシャー彫刻公園(イギリス、2023年)、テルアビブ美術館(2023年)、SCAD美術館(アメリカ、2023年)、水原美術館(韓国、水原市、2022年)など、数多くの国際的な施設で個展を開催している、ヴェネツィア・マルチアーナ国立図書館(イタリア、2022年)、ベオグラード現代美術館(セルビア、2022年)、台北市立美術館(台湾、台北市、2020年)、マルセイユ・ボザール美術館、カンティーニ美術館、ヴィエイユ・シャリテ・センター(フランス、マルセイユ、2019年)、ルツェルン美術館(スイス、2018年)。2017年、ヴルムはオーストリア代表として第57回ヴェネツィア・ビエンナーレに参加した。
ヴルムの作品は、テート・モダン(ロンドン)、ニューヨーク近代美術館、ソロモン・R・グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)、ポンピドゥー・センター(パリ)、アルベルティーナ(ウィーン)、国立国際美術館(大阪)、MMK現代美術館(フランクフルト)など、国際的な主要施設のパーマネント・コレクションに収蔵されている。
エルヴィン・ヴルムは、タダエウス・ロパック、レーマン・モーピン、ケーニッヒ・ギャラリーの代理人である。www.erwinwurm.com