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エレーヌの日日

プリーツ プリーズのある日常

第4回 母と娘の小旅行

第4回 母と娘の小旅行

彼女はエレーヌ・ケルマシュテール。
ひとり娘のセレーナが大学の夏休みにパリから東京にやってきた。
エレーヌは小さな旅の計画をたてた。ふたりで日本の現代建築に泊まる。ひとつは東京近郊にあるアヴァンギャルドな集合住宅、もうひとつは緑豊かな軽井沢にある新しい宿泊施設。
対照的な建築のなかで一日を過ごすのは、どんな体験になるだろう。

第4回 母と娘の小旅行

1日目。
「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」へ。
三鷹にあるこの建物は、現代美術家の荒川修作とそのパートナー、マドリン・ギンズによって構想され、2005年に竣工した。
内外装に14色の鮮やかな色が施された9戸からなる集合住宅で、一部が宿泊やテレワーク、見学会など多目的に使われている。

中に入ると、でこぼこした床には傾斜がある。コンパクトなダイニングとキッチンを囲むように、円形の畳と敷き詰められた石の部屋、球体の部屋、シャワーとWCとランドリースペースがある。天井にはたくさんのリングが取り付けられていて、住人各自がフックをかけ棚を作るなどして収納スペースにする。

この空間は荒川とギンズの長年の研究をもとに、一人ひとりの身体が中心となるように設計・構築された。
与えられた環境や条件を当たり前と思わずに身体を使って過ごしてみると、不可能だと思っていたことが可能になるかもしれない。それが「天命反転」であり、この建築はその実践のための「死なない家」であり、芸術作品なのだ。

セレーナ。
彼女は14歳のとき、街を歩いていて大手モデルエージェンシーにスカウトされた。ブエノスアイレスに住んでいた頃は、しばしばキャットウォークに登場したほか、広告や雑誌でモデルを務めた。
いま、大学院で演劇、演技と舞台演出を学んでいる。将来は舞台と映画の両方で演技をしてみたいと目を輝かせる。

ふたりはすぐに空間に馴染んだ。
和室で読書や昼寝。球体の部屋でポーズをとり、キッチンでお茶を飲む。そして、でこぼこの床でステップを踏んだ。

「クルト・シュヴィッタースのメルツバウ、ジャン・デュビュッフェのクロゼリー・ファルバラ、ニキ・ド・サン・ファルのタロット・ガーデンなどたくさんの例がありますが、私はアート作品であり建築でもある実験的な場所に惹かれます」とエレーヌは言う。
「この天命反転住宅はとてもクリエイティブな建築。カラフルでユートピア的な、住むアート作品だと思いました。スケール感からは、住宅のプロポーションは人間のそれに基づくというル・コルビュジエのコンセプト『モデュロール』を思い起こしました。しばらく住んでみたいです」

2日目。
東京駅から上越新幹線に乗り、軽井沢までおよそ1時間。タクシーで15分も走ると、緑濃い森のなかに、離れて建つ3棟の建築がさりげなく姿を現す。

「ししいわハウス」は、No.1(2018年)とNo.2(2022年)の2棟を坂茂が、昨年5月に竣工したばかりのNo.3 を西沢立衛が手がけたホテルだ。
周囲の自然環境との調和、自然素材およびリサイクル可能な素材を使ってCO2の排出を抑えるというサステナビリティがコンセプトとして貫かれ、上質の建築による創造的なリトリートを提供している。

エレーヌとセレーナはNo.3 に滞在した。
杉材を用いた黒いファサードが夏の強い日差しを受け止め、木々の緑を鮮やかに引き立てている。
10室の客室とヴィラ1棟が縁側や回廊、中庭によってゆるやかにつながっている。

ラウンジ、茶室、テラスなどの共有スペースと4つの中庭が配された、雁行(がんこう)する空間を進むにつれて、建物のなかの景色が変わる。日本の伝統建築へのオマージュ、そして光を取り込む現代的な透明性を感じることができる。
客室に入ると、壁や床、家具まですべてがヒノキで仕立てられていて明るい。そして心やすらぐ香りに包まれる。

準備に追われた数ヶ月を経て、手がけていた東京国立博物館での展覧会が閉幕した直後だったからか、エレーヌの表情は柔らかい。
森を散歩しているときも、No.2にあるレストランで食事しているときも、セレーナとくつろいで会話し、会話しないときも、ふたりでいることを楽しんでいた。

第4回 母と娘の小旅行

「日本は、自国の建築の伝統をとても革新的な方法で再考し、現代に反響させている素晴らしい建築家たちがたくさんいる国だと思います」とエレーヌは言う。
「今回の滞在は夢のような、素晴らしい経験でした。ラウンジ、屋外の廊下、日本庭園……どの場所にいても瞑想に誘われ、時間を忘れます。西沢さんが設計した豊島美術館を訪れたときと同じ感覚を味わいました。セレーナと一緒にバスハウスも楽しんだし、シェフの岡本将士さんによる夕食もおいしくて美しく、創造性を味わうことができました」


ふたりが着用したのはすべてPLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE BASICS 、そして新しいカラーバリエーションのNEW COLORFUL BASICS。
軽く、扱いの簡便なプリーツ プリーズは旅行にもぴったりの衣服だ。エレーヌは訪れたそれぞれの場所のアーティスティックな雰囲気と響きあう、インパクトのあるアクセサリーを選んだ。

「天命反転住宅のために、建築のスピリットに共鳴するカラフルで遊び心のあるものを選びました」
ブラウンのドレスにあわせたのは、2006年秋冬シーズンのISSEY MIYAKEのネックレス。
「アウトドア用のコードで作られていて、その特異性がもたらすプレシャスさが気に入っています」
ミントグリーンのドレスにあわせたネックレスは、友人のアーティスト/デザイナー、リヤ・ガルシアの作品。フランスで「スクービドゥ」と呼ばれるプラスチック糸で作られ、小さなモンスターがたくさんついていて、子ども時代の世界を呼び起こす。

軽井沢でもリヤによるアクセサリーを選んだ。
「赤と緑のフェザーのネックレスとブレスレットは、数年前にカルティエ財団で開催されたアマゾンのヤノマミ族の展覧会のオープニングにあわせて特別に作ってくれたものです。金糸のエクストラロングネックレスもリヤの作品。素材の問題ではなくクリエイティビティが、ラグジュアリーの別のビジョンをもたらすと思います」

BASICSのシンプルなフォルムと贅沢で大胆なアクセサリーとの組み合わせが、双方を引き立てる。
「この服は、創造と自由のための空間だと思っています」

着るひと:エレーヌ・ケルマシュテール、セレーナ・ケルマシュテール
(スタイリングも本人による。アクセサリー、バッグなどの小物はすべて私物)
撮影:原田教正
ヘア&メイクアップ:不破裕幸
構成:原田環+中山真理|カワイイファクトリー
コンセプト&ディレクション:北村みどり
撮影場所:三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー©2005 Reversible Destiny Foundation. Reproduced with permission of the Reversible Destiny Foundation.
Shishi-Iwa House