コンテンツに進む

Episode 17
2026.07.01

領域を超えて、つながり合う思想

松山智一(美術家)

A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)では、ニューヨークを拠点に活動する美術家・松山智一氏と取り組んだプロジェクト「TYPE-XII Tomokazu Matsuyama project」から新しいアイテムを発表しました。本プロジェクトがスタートしたのは、2025年春に麻布台ヒルズ ギャラリーにて開催された松山氏による個展『FIRST LAST』のために、限定アイテムを制作したことでした。衣服と美術。異なる領域のものづくりが思想を通わせ、やがて共鳴した過程をたどります。

衣服と美術をつなぐ、ものづくりの思想

松山智一(以下、松山) このプロジェクトは、2025年春に麻布台ヒルズ ギャラリーで『FIRST LAST』という展示を開催する際、「一緒にものづくりができませんか」と、私から宮前さんにご相談したことから始まりました。

私の作品の根幹には異なる文脈を横断しながら一つの世界として再構築していく考え方があり、古今東西の文化、具象と抽象、情報化社会にあふれるさまざまなイメージや価値観など、複雑な要素を一つの作品のなかで融合させています。こうした創作の背景には、自分の世代が大きな影響を受けた1990年代のサンプリングカルチャーがあります。たとえば音楽におけるサンプリングカルチャーとは、既存の楽曲や音源の一部を引用し、敬意を払いながら組み替え、新たな表現を生み出すことです。私自身も、日常のふとした出来事や、社会の事象、優れた表現などに触れたときに「これは何なのだろう」「なんだか惹かれるな」と感じることがあります。それらを掘り下げ、解釈し、再構築することの連鎖の中で、一つの作品をつくってきました。

その視点からイッセイ ミヤケの歩みを振り返ると、異なる分野の人々との協業を通じて、ものづくりを探求されてきた歴史があります。この文脈をふまえ、A-POC ABLEの皆さんと協業できたらと思ったのです。

宮前義之(以下、宮前) プロジェクトが始まる以前から、松山さんの作品に感銘を受けていました。松山さんの作品は、鮮やかな色彩と、一目見た瞬間に心を動かされるような壮大なスケールを備えながら、細部まで精緻に描き込まれているのが特徴です。同時に、社会問題や宗教的な題材への問いかけも、作品のなかに散りばめられています。そのため、見る人や、そのときに置かれている状況によって印象が変わる。そうした多層的な魅力があると感じていました。松山さんの作品とA-POC ABLEのものづくりを掛け合わせたとき、どのような表現ができるのか。その可能性を探ることは、私たちにとっても大きな意味がありました。

そして、2025年春の松山さんの展示『FIRST LAST』で発表したプロジェクト「TYPE-XII Tomokazu Matsuyama project」が好評だったことを受け、2026年夏には新しいアイテムを発表するとともに、「ISSEY MIYAKE / NEW YORK」および併設のギャラリースペース「MADO」にてインスタレーションを含む特別展を行うことになりました。そこであらためて、松山さんにお聞きしたいことがあります。松山さんは20年以上にわたってニューヨークを拠点に活動されていますが、そのことがご自身の創作にどのような影響を与えていると思いますか?

松山 ニューヨークで美術を始めた頃は、日本人であることを直接的に前景化したくないと考えていました。そうではなく、アメリカ社会でマイノリティーとして生きるアジア人の立場を起点にすることによって、より広い視野で社会の問題を表現する方法を考えていました。

転機となったのは、牧師である父のもとで育った自分にとって、キリスト教は西洋から借りてくる題材ではなく、より身体感覚に近いものとして存在していたのだと気づいたことです。それ以降、キリスト教の視覚言語に東西の文化や現代のイメージを重ね、宗教や政治が生む分断を、日本人であり、アメリカ社会ではアジア系のマイノリティーでもある自分の視点から描くようになりました。

美術には、その時代を生きる私たちの存在や声を社会に刻む、いわばマークメイキングとしての役割があると考えています。ニューヨークで活動するなかで、自分の背景を受け入れ、社会へ開いていく方法を学んだように思います。

美術家・松山智一氏。

宮前 松山さんが西洋美術の文脈に身を置きながら、そこで育まれてきた歴史や概念を現代の感覚から向き合い直し、独自の方法で読み替えているように感じます。

私たちイッセイ ミヤケもまた、衣服という、西洋のモードの長い歴史の延長線上にあるものに向き合ってきました。その中で三宅は、「一枚の布」という独自の思想を通して、衣服のあり方をその本質から問い直してきました。身体と衣服のあいだに生まれる空間、素材が持つ可能性、平面が立体へと変化していく構造。そうしたものを探求することで、身体に布を沿わせて形づくる従来の服づくりとは異なる視点から、西洋・東洋の概念にとらわれない普遍性を持った衣服の新しい可能性をひらいてきました。

領域は異なりますが、松山さんのものづくりに対する姿勢に、私たちと響き合うものを感じます。実際に協業してみて、松山さんはどのようにお感じになりましたか?

松山 A-POC ABLEの皆さんと出会う以前は、自分の作品の転用には必ずしも前向きではありませんでした。作品が記号化され、複製することに重点が置かれていくことへの懸念があったからです。しかし、A-POC ABLEの過去のプロジェクトを拝見すると、横尾忠則さんの美術作品をジャガード技術によって非常に複雑に表現させています。その様子から、着るという行為だけでなく、着ることの美意識や美術作品が持つ唯一性や思考の層に焦点を当てたものづくりをしていることが伝わってきました。そうした背景もあって、Tシャツをつくれるといいな、という気持ちでご相談していました。

すると、最初につくってくださったサンプルがなんとコートだった。この時のミーティングは今でも忘れられません。何も知らずにイッセイ ミヤケのスタジオを訪ねてみると、まるで展覧会場のように私の作品のイメージが大きなテキスタイルとして空間に広がっていて、その中にコートのサンプルが飾られていたのです。その光景に胸が高鳴り、創作意欲を強く刺激されました。こちらから投げかけたアイデアが、思いもよらないものへと育っていく。「協業」というものの本来のあり方を再確認した気がしました。

特別展示では、松山氏の作品を表現したA-POC ABLEのテキスタイルを、天井からダイナミックに吊るしたインスタレーションを展開。そのための模型をつくり、幾度も検討を重ねた。

宮前 松山さんを驚かせ、喜んでもらいたいということを第一に考えていたのです。同時に、A-POC ABLEの文脈をふまえたものづくりにしたいという思いもありました。

松山さんの作品の力を衣服としていかに表現していくか検討したとき、Tシャツ以外の可能性も探ってみたくなりました。そこで、選んだのが、コートという表現でした。A-POC ABLEのコートは身体を包む布の面積が大きく、ゆとりのある構造です。その大きな面を生かすことで、松山さんの絵画の要素をしっかり受け止められると考えました。

松山 私の作品が転写されたA-POC ABLEの150センチのテキスタイルを目の当たりにして、三宅さんから継承された「一枚の布」の哲学が身体的な感覚として伝わってきました。二次元のものを三次元へと転化させていく。その過程を体感したことによって、私のなかでも変化が起こりました。一枚の布に絵画を転写するというより、纏う彫刻作品を一緒につくっていくという考え方に近くなったのです。そこからが、とても楽しかった。パターンに落とし込む形で新しいアイデアが次々と浮かんできて、気づけば70案もつくっていました。

宮前 70案できた、と松山さんから連絡を受けた時には、今度は私たちが驚かされてしまいました。麻布台ヒルズ ギャラリーの展示のために、最終的には3案に絞り込みましたが、松山さんが自ら作品を再構築してくださったことがとても嬉しかったです。

特別展示のための打ち合わせには松山氏(左奥)に加え、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEデザイナー宮前義之(右前)と同エンジニアリングチーム・中谷学(右奥)、高橋奈々恵(中央)、星野貴洋(左前)が参加した。

絵画の色彩を、衣服として立ち上げる

高橋奈々恵(以下、高橋) 今回の協業は、私たちの技術を発展させる機会にもなりました。松山さんの作品の鮮明さと豊かな色彩を、いかに衣服として表現するかを検討した結果、ポリエステルの生地にインクジェットで色彩を施す手法がもっとも適していると考えました。

(左)展示では松山氏の作品を表現したA-POC ABLEのテキスタイルと、そのテキスタイルから製作したコートを並べ、平面と立体の両方向からこのプロジェクトの世界観を表した。

(右)A-POC ABLE ISSEY MIYAKEデザインエンジニア・高橋奈々恵。

宮前 実はこの技術は、高橋が長い時間をかけて開発してきたものです。7年近く前から理論としては成立していたのですが、プロダクトとして実現させるには難しい部分が多く、製品化には至っていませんでした。ただし、A-POC ABLEというブランドには「ひとつの技術を時間をかけて研究し、納得できるまで向き合っていく」というスタンスがあります。

高橋 最新の設備でどこまで実現できるか確認するためにサンプルをつくってみると、この数年でインクジェットの技術が飛躍的に進化していることがわかったのです。今ならば製品化できる、という手応えを得られました。松山さんにサンプルを見ていただいた際、「こんなに色が表現できるんですね」と言っていただけたことにも後押しされ、この技術が世に出ていくことになったのです。

松山 今のお話を聞いて、あらためて実感したことがあります。私がA-POC ABLEのエンジニアリングチームを信頼したのは、創造性を、技術によってしっかり支えているからです。しかも、その技術は機械だけによるものではなく、職人の手や、日本で育まれてきた素材の力によって成り立っている。

私は常に、日本で育った自分の感覚を作品の中にどう織り込めるのかを考えてきました。その一つの手法として精緻な描写や緻密な構成に重きをおいてきました。そのため、一つの作品を仕上げるまでに半年から一年ほどかけることもあります。これは、アメリカをはじめ海外の人からすると、特異なことです。こうした作品の繊細な部分をどこまで忠実に別の媒体に展開していけるのか、という不安がありました。しかし、A-POC ABLEの皆さんが真摯に技術と向き合うことによって、本来の質を保つだけではなく、自分の作品に新しい価値が生まれていくのを感じました。

宮前 そう言っていただけて、大変嬉しいです。

松山 今回のコートの生地を実際に手に取ってみると、裏側まで丁寧に幾何学のように設計されています。身に纏ったときに真っ先に感じたのは、無重力感でした。西洋のクチュールを考えると、コートは重いものでもあります。しかし今回のコートは、大きなボックス型でありながら、紙を纏っているような軽さがある。生地の厚さや軽やかさ、着たときにどう見えるかまで、A-POC ABLEのエンジニアリングチームが熱心に追求してくださったことを強く感じました。

高橋 今回は、京都の工房で鮮やかにプリントしたベース生地に、特殊な技法で三角形のパターンを重ねています。その際、熱を加えると硬化する特殊な樹脂を活用し、テクスチャーを硬化させる部分と、硬化させない部分をつくっています。この技法により、生地が平面の状態ではフラットでありながら、身体が入ったときに、その動きに応じて表情が立体的に変化するように設計しています。

宮前 高橋は、樹脂を製造するメーカーの方々ともやりとりを重ねながら、配合や生地との組み合わせを変え、幾度も検証していました。その点で言うと、ニューヨークの松山さんのスタジオを訪ねた時にも、一つの色を表現するために、何通りものテストを重ねてる様子を拝見しました。樹脂の配合を探ることと、色のスタディを重ねてパレットを検討すること。領域は異なっていても、新たな表現を求めて試行錯誤を積み重ねる姿勢には、通じるものがあると感じています。

中谷学 私たちは、まだ見ぬ未来のためにさまざまなことに挑戦してきましたが、それを言葉にして話す機会はあまりありませんでした。松山さんとお話ししていると、自分のなかでずっと考え続けてきたことを、目の前で言葉にしてもらっているように感じることがあります。実際には今回のプロジェクトで初めてご一緒しましたが、それよりもずっと前から共にものづくりをしてきたような、不思議な感覚があります。今回の協業は、偶然ではなく、必然的に生まれたものだったのではないかと感じています。

A-POC ABLE ISSEY MIYAKEデザインエンジニア・中谷学(中央)。

チームで製作する意義

高橋 松山さんのスタジオを見学した際、大人数で制作されていることも印象的でした。リサーチのチームと制作のチームがきちんと分かれていて、確立された体制のなかで作品が生まれているのだなと感じました。

松山 私のスタジオでは、制作だけでなく、作品を発案するためのリサーチや開発を担うチームをつくろうとしてきました。サンプリングの方法や、ポピュラーカルチャーを引用する手法を共有できれば、私の指示を待つだけではなく、チームからも提案が生まれてくるはずです。「松山の作品をつくる」のではなく、「うちのスタジオでつくる作品」という意識で、一人ひとりに作品づくりへ参加してもらい、任せていく。その先に、私一人ではたどり着けないものが生まれていくと考えています。

宮前 A-POC ABLEにも通じる部分があります。ものづくりの現場ではプロジェクトごとにメンバーの役割は変わります。今回のように高橋が中心となってデザインしていく機会もあれば、使う技術によっては、それを得意とする他のメンバーが中心に立つようにしています。

A-POC ABLE ISSEY MIYAKEデザイナー・宮前義之。

松山 今回のプロジェクトを通じて、その様子がよく伝わってきました。それぞれが自分の役割を持ちながら、最終的にはA-POC ABLE というひとつのものづくりに集約されていく。そのあり方に、ものづくりに対する真摯さや誠実さ、素直さを感じました。

宮前 私たちの場合は、「一枚の布」という哲学が立ち戻る場所になります。新しいことに挑戦していく過程では、迷いが生じたり、壁にぶつかったりすることもあります。その際に必ず確認するのが、洗濯しても色落ちや型くずれがなく、着心地も良いという要素をすべてクリアしているか、ということ。そのうえで、日常の特別な場面にも着られる衣服を目指しています。

A-POC ABLE ISSEY MIYAKEデザインエンジニア・星野貴洋。

松山 今回の協業によって、「一枚の布」という思想と、私の作品が持つ多層的なイメージが交差し、布・身体・動きの中で新しい構造を持つコートとして立ち上がっていく。そのことを、とても誇らしく思っています。

宮前 松山さんの作品を鑑賞する体験に加えて、それを衣服として纏うことによって、自分の意識や感覚が少しずつ変化していく。そのような身体を介した受容のあり方に、衣服ならではの力があるのではないでしょうか。

松山さんは、物事をとても多角的に捉え、それを作品の中にしっかりと落とし込まれています。作品と向き合っていると、既存の価値観や固定観念を、もう一度自分たちの目で見つめ直すことを促されるように感じます。何に気づくかは人それぞれでよく、その違いも含めて、今回のプロジェクトの面白さをより多くの方に感じていただけたらと思っています。

京都の工房で色鮮やかにプリントした生地に、特殊な技法による三角形のパターンを施すことで、身体の動きに応じて表情が立体的に変化するテクスチャーを実現させた。

松山 「伝統をつくる」という言葉を耳にすることがありますが、私は、伝統は意図してつくるものではないと思っています。私たちがその時々に生み出した新しい価値や表現が、技術や創造性によって更新されながら時代のなかで残ったときに、結果として伝統になる。

イッセイ ミヤケには確固たる哲学があります。今回の協業を通じて、それが伝統として脈々と受け継がれていることが強く伝わってきました。同時に、伝統には、新しい技術や考え方を受け入れる余白が残っている。私はそれを、「揺らぎ」と呼んでいます。その「揺らぎ」を今の技術によって発展させていくところに、A-POC ABLEの革新性を感じました。その探求に私も加われたことを、とても幸せに思っています。

松山智一 | Tomokazu Matsuyama
美術家。1976年岐阜県生まれ、ブルックリン在住。絵画を中心に、彫刻やインスタレーションを発表。近年は麻布台ヒルズ ギャラリー、SCAD美術館、エドワード・ホッパー・ハウス美術館などで個展を開催。2026年にタイムズスクエア「Midnight Moment」、2020年にJR新宿東口駅前広場で大規模なパブリックアートを手掛けている。