Episode 9
“Shaping the Future with Light”
by Patrick Reymond (atelier oï)
一枚の布、一本のワイヤー、一つの光源。プリミティブな構造なのに、というかそうだからこそ、光は自由で優しいのかもしれません。2025年のミラノデザインウィークで発表される「TYPE-XIII Atelier Oï project」は、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEとスイスの建築・デザインスタジオ「atelier oï」の豊かなインタラクションの成果です。ともに素材を探求し、チームのものづくりを重視する。多くの共通点をもつことは、創設者のひとりであるパトリック・レイモンとの対話からも明らかでした。

まるで白く柔らかに発光する花のよう。布とワイヤーフレームによってかたちづくられるシェードは、素材と構造(どちらも今回の対話では何度も登場する言葉です)そのものの美しさをきわ立たせ、生活に新しい楽しさをもたらすような機能や自由が宿っています。今回「TYPE-XIII Atelier Oï project」として発表された照明は、「O Series」と「A Series」というふたつのシリーズでした。
「O Series」はスタンドライトのタイプ。A-POC ABLEの独自の製造プロセスである「Steam Stretch」によって生み出された、繊細で立体的なプリーツの形状をもつテキスタイルと、atelier oïが構造設計を手がけた楕円形のワイヤーがシェードをかたちづくっています。光源は先進のポータブル照明メーカーである「Ambientec」と共同で開発。自在に持ち運ぶことができ、シェードはフレキシブルな可変性を備え、時刻や季節によって表情を変える花や植物のようです。
そして「A Series」はA-POCの出発点となった、ロール状に編み出された一体成型による無縫製ニット(現在もTYPE-Aとして知られています)を素材としたペンダントライト。あらかじめシェードの形状を編み込み、さらにフレームとなるワイヤーを挿入することで立体的なフォルムを生み出すという構造です。空間に合わせてカットを入れることで、形状や大きさを変化させることができる。今回の展示ではスペインの照明ブランド「PARACHILNA」がサポートします。

つまりいずれも「一枚の布」がもつ可能性を、衣服ではなく照明という新しい領域のなかで、最大化する試みといえそうです。それがこれほど美しく、機能的で、それに楽しいかたちとなって実現できたのは、なぜでしょうか。atelier oïの創設者のひとり、パトリック・レイモンとの対話を通じて考えていきます。
──「TYPE-XIII Atelier Oï project」は25年のミラノデザインウィークの期間中に、イッセイ ミヤケのミラノの旗艦店で発表されます。今回のプロジェクトのきっかけになったのも、23年のミラノデザインウィークでの展示(TYPE-V Nature Architects project)だったそうですね。
宮前 義之(以下、宮前) そうです。パトリックさんをはじめatelier oïのみなさんが、ミラノで行なった展示を見に来てくれました。その出会いがきっかけとなって今回の取り組みがはじまりました。
パトリック・レイモン(以下、パトリック) あれからもう2年ほど経つのですね。23年のミラノデザインウィークで宮前さんたちとお会いしたことは、私たちにとってとても素晴らしい機会でした。A-POC ABLEが行なった展示で、とても興味深く感じたのは、ひとつの新しいテキスタイルを起点に、衣服から照明、建築のようなものへと、さまざまなスケールで探求されていたことです。
面白いエピソードがあります。あの展示を拝見した際には、宮前さんに1Fから案内してもらったのですが、そこで展示されていたジャケットや球体のプロトタイプを見ている時に私が「これは照明や家具にも応用できそうですね」と尋ねると、宮前さんは「待ってください」と言うんです。そして次のフロアに案内していただくと、実際のテキスタイルを用いた照明のプロトタイプを展示していました。そこでさらに「これはスケールを拡大していけば、建築のようなものになる可能性もありますね」と伝えると、彼は再び「待って、待って!」と言うんです。別の部屋に案内していただくと、実際にそのような建築の模型が展示してありました(笑)。
宮前 (笑)そうでしたね。パトリックさんは私たちの展示をご覧になってすぐに、A-POC ABLEがこれから目指していきたいビジョンに共鳴してくれました。
パトリック あの展示が素晴らしかったのは、ただ作品を見せるのではなく、新しい可能性をともに探求していくような場になっていたことです。そして、私たちはすでにその可能性を発展させるプロセスのなかに取り込まれていました。というのも、このマテリアルの可能性を、どのようにして私たちはかたちにしていくことができるのか?このテキスタイルの構造をいかに探求していくべきか?さらに異なるフィールドにも応用することができるのではないか?こういったことを、私たちはすでに考え始めるようになっていました。
素材としてのテキスタイルの可能性、あるいは構造の使い方の効率性。A-POC ABLEのプロジェクトは、私たちやこれまでの社会やプロダクトデザインが抱えてきたさまざまな課題に対して、実際的なかたちで、挑戦をしているように思いました。
──素材の可能性を追求していくことは、atelier oïが最も重視していくことのひとつであるように思います。あなたたちのデザインにとって、マテリアル、素材はどのようなものなのでしょうか。
パトリック 1991年にオーレル(・エビ)とアルマン(・ルイ)そして私の3人で、atelier oïを創業しましたが、それより以前から、私たちは素材や機材についてのワークショップを行なっていました。例えばアルマンのバックグラウンドは船大工なのですが、そのワークショップでは船をつくる技術や素材を、デザインとダイレクトに結びつけていくような手法についてリサーチしていたのです。というのも船づくりは素材のイノベーションと切り離せない関係にあるからです。
特に競技用のボートのように秒単位でのイノベーションが求められる領域では、新しい素材の探求が欠かせません。そこで私たちが学んだのは素材をきちんと理解することがとても重要であるということ。もちろんその特性というのは、背後にあるテクノロジーやロジック、質感やテクスチャーといった五感への訴えかけも含まれます。そしてそれらを正しく引き出すデザインは、結果的に「素材の本質」に従って自然と浮かび上がってくるのです。だからこそ私たちは素材を理解しなければならないのです。マテリアルこそが、私達のガイドとなり導いてくれるものなのです。
宮前 常にテキスタイルの新たな可能性を探求し続けてきた私たちとしては、とても共感するお話しです。素材についてきちんと理解することが、デザインのための準備として大切です。
パトリック きっと私たちがシンパシーを感じるのはそのためですよね。もう一つ重要なこととして、私たちが素材についていろいろとリサーチする際には、具体的なコンテクストと具体的なシチュエーションを考えるというものがあります。例えば山の中で家を建てることと、海辺で家を建てることとでは、環境も全く違いますよね。イッセイ ミヤケが作るテキスタイルを用いることと、例えばガラスの製品をつくるということでは全く違うコンテクストが生まれるし、全く異なる状況を考える必要がある。
このように、素材の探求を経て、私たちはまるで料理人のようにアーカイブをつくっていきます。私たちは「Living Archive - 生きたアーカイブ」と呼びますが、それによって何が可能になるのかを探っていく。そうして導き出された新しい可能性が、そのプロジェクト特有のコンテクストとなり、ふさわしいストーリーへと育っていく。ひとつのプロジェクトから具体的な文脈をかたちづくり、それを起点に想像をふくらませていくのです。
これまで手がけてきたプロジェクトにおいて、私たち特有のシェイプやフォームを見出しにくいというか、明瞭な「atelier oïらしいデザイン」のようなものを見出すことが難しいのは、このようなアプローチをしてきたからかもしれません。しかしそれは素材やコンテクストやシチュエーションが異なるためです。しかし私たちにとっては、一定の質感のようなものがあるように思います。これを「Storytecture」と呼んでいますが、これこそが私たちの固有のものです。
プロジェクトのコンテクストを理解し、素材の論理を追及しながら、アーカイブから引き出した要素や実験を重ね、ストーリーを具現化していく。このような反復のプロセスによって、私たちならではの「Storytecture」が生み出される。もちろん最終的には手を動かして線を描いていきますが、わたしたちが理解した素材や構造、コンテクストやストーリーの結論のようなものとして、かたちになっていると捉えています。ストーリーと素材の間で、自然と浮かび上がらせるようにして、デザインしているのです。
──ものづくりは必ずコンテクストや素材の探求から始まり、ストーリーと素材の間から浮かび上がるようにして、かたちが生まれる。そのようなアプローチを行なうパトリックさんから見て、今回のプロジェクトの素材である「Steam Stretch」はどのような魅力を宿していますか?
パトリック 私がとても興味深く感じているのは、あらゆるスケールへの展開が可能になるという点です。ミラノで拝見した展示でもそうでしたが、Steam Stretchというテクノロジーは、新しいアイデアやイノベーションと融合することで、さまざまなパターンを見つけ出し、幾何学的なデザインへと結びつけ、次々と新しいストーリーや可能性を生み出すことができるのです。さらにその背後には、実に日本的でクラシックな技法である、折り紙というものがあるのもユニークですよね。それらが一体となったプロセスによって、まったく新しい方法でマテリアルを探求し、あらゆるスケールへと展開する可能性を宿している。加えて、素材を無駄にすることのない効率性まであります。
イッセイ ミヤケの仕事を1970年代から拝見してきて、変わらず魅力に感じるのは、Steam Stretchのようにきわめて新しい技術を開発しながらも、その本質が変わらないように思えることです。それは、ものづくりを素材の探求から始めるという、揺るぎない姿勢があるからではないでしょうか。例えばプリーツが象徴的ですよね。素材の探求の出発点となり、イノベーションの種となり、Steam Stretchも生み出した。イッセイ ミヤケにはこのようなきわめてユニークな表現の方法を継続するサイクルが存在しているように思います。
それはもちろん技術の蓄積もあるでしょうし、そのためのたくさんの可能性や方法論のリサーチが今も行なわれているのだと思います。そしてその素材の探求の成果を、構造の美しさとして表現している。
おそらくこれからもさまざまなクリエイターたちと協力していくことで、進化が続いていくのでしょう。誰も500年後の世界を想像することなどできませんが、イッセイ ミヤケのような何かを生み出すチームは、きっと存続し続けていると思います。
──つまり、そのようなイッセイ ミヤケの力強さは、チームとしてものづくりをしているからでしょうか?
パトリック チームでつくるという点も重要ですし、そのチームがしっかりと、素材から探求するという価値を受け継いでいるからだと思います。表現方法を常に模索し、新しいテクノロジーとのコネクションを保ちながら、さらにそれをミキシングしていく。テクノロジーと手仕事を融合させることに挑み続けているのです。新しい製造の方法と伝統的なものづくりをつなげていくことも、また重要な要素のひとつですよね。
イッセイ ミヤケの素晴らしい哲学のひとつです。伝統や遺産をしっかりと守っていく。昔ながらのノウハウや職人の技を受け継ぎながら、それを未来にどう繋げていくか。この融合こそが非常に重要だと思います。日本にもきっと似たような言葉があると思いますが、昔からよく言われている「Old is New」という言葉は、イッセイ ミヤケの美質をとてもよく表現していると思います。
宮前 パトリックさんたちも、とてもフレキシブルにチームで仕事を進めていらっしゃいましたよね。
パトリック そうですね。私たちもチームで仕事をすることをとても重視していますが、それほど大きくもないですし、歴史があるわけでもないので、比較するのは気が引けてしまいますね(笑)。ただ、A-POC ABLEのみなさんと話したり、プロジェクトを進めていく中で印象に残ったのは、まるで自分たちのアトリエにいるような気分になったこと。A-POC ABLE のみなさんも、おそらく私たちのアトリエも同じように感じてもらえたのではないでしょうか。つまり両者にはどこか共通した思想のようなものがあるのでしょう。
チームでプロジェクトを開発していくという点はもちろんですが、そのチームが一方通行ではなく、双方向で関係性を深めながら進んでいく点も似ているかもしれません。また、私たちがしばしば参照している1980年代のマエストロたちの影響もあるかもしれません。例えば、三宅一生、倉俣史郎、内田繁、浅葉克己、エットレ・ソットサス、メンフィスなど。私たちはコンピューターが台頭する前から仕事をしているので、こういったマエストロたちの偉大な仕事を見てきました。
ちなみに私たちが3人でデザインスタジオを始めたとき、3頭立ての馬車の意をもつ「トロイカ(Troïka)」という言葉から、「oï」をとり、アトリエの名前としたのですが、それは私たちがコレクティブにデザインを創造したかったからでした。もちろんそのインスピレーションになったのは、イッセイ ミヤケやメンフィスのような存在です。それぞれ異なる個性をもちながら、グループでヴィジョンを共有する。そのような仕事をしていきたかったのです。
──今回のプロジェクトでは、A-POC ABLEとatelier oïというふたつのチームの共同作業となりました。さらに照明メーカーも加わっています。とてもコレクティブな仕事になったのではないですか?
パトリック そうですね。とても楽しく仕事をさせてもらえたと思います。そして結果として、とても美しいプロダクトをかたちにすることができました。しかし忘れてはいけないのは、これはあくまで素材と構造によるコンテクストがストーリーとなって表出したものだということです。確かに手で線を描くこともありましたが、実際のところはそこまで重要ではなかったように思います(笑)。このオブジェクトはチームによるクリエイションの結果です。
atelier oïは45人のチームで、A-POC ABLEのみなさんもチームで、さらにその先にもつくり手の方々がいます。そう、とてもコレクティブな仕事ですね。あるいはこうも言えるかもしれません。私たちみんなで、手を通して思考し、ストーリーを描いていったプロジェクトなのです。
──実際にはどのようにしてプロジェクトは進んできたのでしょうか?
星野貴洋(以下、星野) パトリックさんたちにミラノで見ていただき、興味を持っていただいたSteam Stretchの素材や、A-POC ABLEの代表的な素材である「TYPE-A」で使用している無縫製のニット素材を題材にして、ものづくりを進めています。拠点は日本とスイスで離れていますが、いろいろな課題やアイデアをいただきながら、とにかく密接にコミュニケーションしていきました。まるで卓球みたいに。
その結果として、いままで私たちが試してこなかったような挑戦がテキスタイルのなかでも発生してます。これまでは衣服のための布として開発してきましたが、照明という用途の異なるプロダクトなので、その分、耐久性を向上させる必要があったり、そのほかにもさまざまなことを変化させていく必要がありました。もちろん、そのようなテキスタイルとしての機能性だけではなく、私たちが重視してきた一枚の布としての表現も必要なので、みなさんとの会話のなかで、最終的に今回のプロジェクトにふさわしいバランスを探っています。
田村明香 今回、atelier oïのアトリエを訪問する機会がありました。自然に囲まれており、湖がとても美しく、ロマンチックなロケーションでした。壮大なスケール感に包まれたことが印象に残っています。そのため、アトリエで作業させていただくと、大きなものを作りたくなってしまうんですよね。日本でもデスクの前だけで作業しているわけではないのですが、ものづくりが小さくなりがちだったことに気づかされました。とにかくものづくりの環境として、とても素敵なアトリエでした。
星野 そうでしたね。ものづくりと徹底して向き合えるような感覚になったのは、周辺に無駄なものが少なかったからかもしれません。 普段、東京で生活をしていると、いろんなものがすごく見えてきてしまうのですが、atelier oïのアトリエは何かと向き合うための環境が整備されていました。あとは屋外に出るとすぐに湖があって山に囲まれていて。なんというか日常と非日常がすごく近いところにあるんです。私たちのオフィスはちょっと外に出ても、日常が延々と続いている感じがします。そのような環境は、ものづくりにおいてもずいぶん違うのかもしれません。
──環境が異なり時差もある日本とスイスをまたがって、複数のチームがコレクティブな仕事をしていく。そしてこれまでにないプロダクトをかたちにしていく。決して簡単ではないと思いますが、成功させていくためには、何が重要なのでしょうか?
パトリック そうですね、クリエイティブな仕事をピラミッドのように捉えてしまうと、簡単ではないかもしれません。A-POC ABLEのみなさんもそうだと思いますが、私たちもまた、とてもフラットなチームなので、とてもスムーズに進めることができました。私はギターを弾くのですが、コレクティブな仕事の面白さは、例えばジャズバンドのようだと言えるかもしれません。
スリーピースのバンドを想像してください。ドラムとベースとギターの3者がいるとします。私たちはひとつの曲のストーリーをオーディエンスに伝えていくわけですが、まずベースにはベースのストラクチャーがあり、そのうえで、ドラムのリズムがあり、ギターの旋律がある。そしてミュージシャン同士のインタラクションによって生まれる即興演奏があり、時にはその即興から思いがけない方向に進んでいくこともあるし、それによって新しい何かの発見に繋がることもある。
こうしたプロセスによって新しい可能性を導き出していくことができるのです。たしかにバンドとしてひとつの曲を演奏するわけですが、ひとりはベース、ひとりはドラム、ひとりはギター。つまりそれぞれが違う要素をもっている。その違いをきちんと受け入れて、自分はあくまでもその一部で、全体の一部を担っているということを理解する必要があります。そして他の音にもちゃんと耳を傾けなければなりません。
あるいは時には、学んだことを一度横に置くことになるかもしれません。あるいは適切なタイミングで演奏を止め、別の奏者の音を引き立たせる必要もあるかもしれない。つまり時には演奏を止めるというのもクリエイティブな行為になるんですね。適切なタイミングで一歩引くというのも重要なのです。
これは私たち3人がともに仕事をしていく中で学んだことでもあります。このプロセス、即興的なやり取り、お互いの音を聴くこと。これが最終的にプロジェクトにふさわしいかたちを見つけることのできる方法であるといえます。
宮前 よくわかります。けれど、それを実際に行なうのは簡単なことではないですよね。センスも必要だし、何より経験の量が問われるような気がします。ひとつの決まったやり方だけに頼ると固定観念に縛られてしまい新しい発想は生まれにくくなるし、だからこそ私たちは、ものづくりのプロセスを見つめ直し、変革していくことを目標にしています。
私たちは少数精鋭の小さなチームですが、異分野のさまざまなエキスパートの方々に関わってもらうことで、新しいものづくりのセッションをしていきたいと思っているんです。それによってチームにも新たな価値観や視点が加わり、表現の幅や可能性がさらに拡張していく。まさにジャズセッションのように。

パトリック まったくその通りです。常に素材の探求をし、プロジェクトやプロダクトの本質を捉え、正しいバランスを見つけていく。もちろん最終的には五感に立ち返るのですが。それをチームとして向き合うことで、みんなと共有し、視点を複数持ち、自分たちの記憶を豊かにしていくのです。
この「記憶」というのもまた、私たちのクリエイティブプロセスの中でひときわ重要な要素です。自分たちが手がけたものの記憶、自分たちが共有した瞬間の記憶。そして今回のようにコラボレーションした仲間や友人との記憶もそうです。そういった記憶はとても即時的なものなのです。まるで香りのように。例えば友人と一緒にいて、街の中である状況を目にしたとします。そういう時に何かを言葉にする必要はなく、ただ目を合わせて笑うだけ。「これはかつて共有したあの状況とまったく同じだね。」と。こういった瞬時に呼び起こされる記憶こそが、まさに記憶の本質です。
香りというのはもっと強く記憶を呼び起こす力をもっています。部屋に入った瞬間、ふと何かを感じることがありますよね、自分の通った学校、おばあちゃんの家、夏の日の雨の匂いとか。こうした感覚と記憶の確かなつながりこそが、ストーリーをつくるときや、何かを再定義するときにとても重要な役割を果たすのです。
宮前 なるほど。素敵なお話しですね。記憶が増えれば増えるほど、引き出しが増えて人生が豊かになる。そして直感的な判断や発想の幅も広がる。そう考えると、日々の何気ない体験や人とのやりとりも、すべてクリエイションにつながっていくのですね。
パトリック 本当にその通りです。私にとって記憶こそがもっとも価値があるものだと確信しています。「Money Is Nothing But Memories」-記憶こそが大切。
だからこそ私が活力を得るのは、変化し続けること、探求すること、記憶すること、コラボレーションすること、そして旅をすること。私にとっての価値は、お金でもなければ、物質的な豊かさでもありません。一番重要なのは、記憶なのです。

今回のプロジェクトのコアメンバー。前列がatelier oï(アトリエ オイ)の3人の創業者。左からオーレル・エビ、パトリック・レイモン、アルマン・ルイ。
atelier oï
1991年にスイスのラ・ヌーヴヴィルで、オーレル・エビ、アルマン・ルイ、パトリック・レイモンの3名によって設立されたデザインスタジオ。その活動は、チームワークの精神と、素材との深い結びつきを体現している。現在は45名からなる多分野にわたるコレクティブとなっており、建築、インテリアデザイン、プロダクトデザイン、セノグラフィーを融合させ、自然現象や職人技を再解釈しながら、領域の垣根を越えた活動を展開している。カンボジアでの人道的プロジェクトの取り組みなど、数々の受賞歴や多岐にわたるグローバルブランドとのコラボレーションを通じ、世界的な評価を得ている。