TYPE-XIV Eugene Studio project
現代美術家・寒川裕人 / ユージーン・スタジオとの協業プロジェクト。本プロジェクトでは、素材や制作プロセスを通じて、「物事は存在する時点で光と影が共存している」という根源的な哲学を軸に、アートと衣服が交差する新たな地平を提示します。
寒川裕人氏はアメリカ生まれ、東京在住のアーティストで、絵画、インスタレーション、彫刻など多様なメディアを通じて、光と影、時間、存在の本質に迫る作品を発表しています。代表作の『Light and shadow inside me』シリーズでは、光と存在の相互作用をテーマに、独自の表現技法が国内外で高く評価されています。

Light and shadow inside me, Gelatin silver print (photogram) At Eugene Atelier iii
© 2025 Eugene Kangawa / EUGENE STUDIO
同シリーズには、太陽光の退色で作られた碧緑色の絵画の作品群と、銀塩印画紙とフォトグラムを用いた白黒のものがあります。今プロジェクトの着想源となった白黒の作品群は、暗室で一枚状の銀塩写真印画紙を折り曲げ立体にし、ひとつの光源で感光させることで、「物そのもののみが持つ光と影」を描き出します。この独自の手法により、光と影の濃淡のグラデーションを紙に定着させ、折り目を戻すことで現れる不思議な質感と存在感が生まれます。紙と光という二つの要素だけで捉えた、従来の写真や絵画の枠を超える新たな表現の可能性を提示しています。
A-POC ABLE ISSEY MIYAKEは今回の協業で、このプロセスをさらに発展させ、一枚の布の本質へ立ち返ります。織物の最小単位であるタテ糸とヨコ糸の関係に着目し、白と黒、わずか二色の糸のみを用いて、織組織の密度によって従来の染色や色彩に頼らないグラデーション表現を実現しています。シンプルな要素から生まれる複雑な表現を追求し、光に応答する銀塩粒子と、織物を構成する糸を概念的に重ね合わせたこの試みは、「ビットレベルの布」とも言える特別なテキスタイルです。
寒川裕人氏より
本プロジェクトの始まりは約3年前でした。A-POC ABLE ISSEY MIYAKEの皆さんが、この作品が持ち合わせる本質を深いところから広げ、布をゼロから作り出し、新しい言語を織るような試行、そして素晴らしい衣服に至るまで、その全てに感嘆しました。
同時にイッセイ ミヤケに受け継がれているのであろう人間の本質に対する哲学ー 一見、数理的アプローチや現象的実践に見える根底には、いち人間という存在への希求があること、この一致を感じたことが印象に残っています。そして試行錯誤を重ねる中、その道中で多くのアイデアの欠片が生まれました。
『Light and shadow inside me』は、太陽光の退色を用いた緑色の絵画から始まりました。一色に塗り、折り、太陽と共に作る。絵に始まり、絵に終わるこの作品は、この形に至るまでに、5年近くの試行錯誤を経ています。
そのあと、習作として使用していた印画紙を用いて、モノクロームのシリーズに取りかかりました。これはは、絵具や印刷で作られたものではなく、カメラやフィルムを使わない写真であるフォトグラムという技法のものです。フォトグラムは戦前から、モホリ=ナジやマン・レイ、瑛九など多くの作家が作り、それらはたとえば花や手、球体など異なるモチーフを用いて作られたものがほとんどでした。このシリーズでは、他のオブジェクトを一切用いずに、紙そのものと光がもつ力、この2つの要素のみによって作ることを試みています。
すべての物事は、他者との関係の前に、存在する時点ですでに光と影を持ち合わせている。それを作品自らが実践するような絵画、平面作品を模索してきました。簡素な構造ですが、その日の気温や湿度、光の量など複雑な要素が絡み合い、同じものは一つとして現れません。私は本作を、光を唯一の画材とする絵画として捉えています。
寒川裕人 / ユージーン・スタジオ
寒川裕人は1989年米国生まれ。時間や存在、歴史を題材とした抽象的な絵画やインスタレーションで知られ、過去に東京都現代美術館での個展「ユージーン・スタジオ 新しい海」(2021–22)が同館最年少で開催。またその後同展が国際的に評価される形で、アジア・ASEANゆかりの複数のコレクターによって同展を原型とした約1haの常設美術館が、バリの世界遺産麓に建設されています。
現在は、作家本人とスタッフの設計で700平米超の空間の大部分がDIYで作られた、東京近郊の緑豊かな「Atelier iii」にて、様々な分野のスタッフによって制作が行われています。
そのほか金沢21世紀美術館「de-sport:」(2020)、サーペンタイン・ギャラリー (ロンドン)「89+」(2014)参加のほか、アメリカで発表された短編映画がロードアイランド国際映画祭、ブルックリン映画祭ほか複数の映画祭でオフィシャルセレクションの選出や受賞など。