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Episode 10

“Steps with Pure Curiosity”

by Ayato Tsumagari, Yuta Akizuki (MAGARIMONO)

3Dプリントと草履の編み込み。数世代も隔てたテクノロジーを掛け合わせて生まれたのが、2022年に登場した「TYPE-III Magarimono project」でした。それからおよそ3年。次なるプロダクトが登場します。よりシンプルで履き心地のよいサンダルには、3Dプリント特有の積層痕も伝統工芸の印象もありません。が、どうやらフットウェアとものづくりの可能性を、新たに問い続けた成果のようです。プロジェクトのコアメンバーである、MAGARIMONOの津曲文登と秋月佑太、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEの岡本将宗が振り返って語るのでした。

“Steps with Pure Curiosity”

デジタルファブリケーションという新時代のテクノロジーをいかした、これまでにない靴づくりの可能性とは何か。2020年に設立されたMAGARIMONOは、3Dプリントによって小ロット多品種のスニーカーを製造するなど、独自のものづくりのプロセスやそのための技術的背景を探求。22年にはA-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下A-POC ABLE)との協業で「TYPE-III Magarimono project」を発表し、コンピューテイショナルな形状をしたアウトソールと、伝統的な草履が一体となったようなサンダルを生み出しました。

もちろんこのプロダクトのユニークさの背後には、ものづくりのプロセス自体への深く長い探求があります。例えば、3Dプリントで出力したソール(靴底)の硬さを和らげるために、草履のように編んだインソール(中底)と掛け合わせたこと。接着ではなく、編み込みによってそれらを一体化させるために、フレームや芯のある複雑な形状は、3Dプリントならではの成形でした。つまり草履編みと3Dプリントというまったく異なるような技術が、密接不可分なものとして同居していたのです。

そして今回、「TYPE-III Magarimono project」の第二弾として発表されるのはバックバンド式のフットウェア。履き心地はずいぶんと向上して、より脱げにくく、履きやすくなり、とてもシンプルに洗練されています。けれど特徴的な意匠のひとつであった3Dプリントの積層痕も、草履のような手仕事も見当たりません。果たしてデジタルファブリケーションやものづくりの探求はどこへ?もちろん、あります。よりフレキシブルかつ熟達したかたちで。今回の協業のコアメンバー、つまりMAGARIMONOの津曲文登と秋月佑太、A-POC ABLEの岡本将宗による対話が、それを明らかにしていきます。

──前回の「TYPE-III Magarimono project」から3年が経ちました。今回生み出されたプロダクトもまたサンダル型ですが、形状は大きく異なり、製法もまったく異なるようですね。

津曲 文登(以下、津曲) 前回の「TYPE-III」のプロジェクトでは、デジタルファブリケーションでありながら裸足で履けるような快適なフットウェアをつくること、そのために3Dプリントという技術と手仕事を掛け合わせるというプロセスを構築していきました。

一方で今回は、MAGARIMONOとしてより幅広い製法にもチャレンジしながら、それでもなお3Dプリントの特性でもある「少量多品種」や「自由度の高い造形」を探求するようなプロセスでした。およそ2年半の研究と開発の期間で、さまざまな試行錯誤がありましたが、それによって靴づくりの可能性を拡げることができたと思います。

ちなみに、前回と製法がまったく異なる訳ではなくて、ソールとアッパーをヒモの組むことによって結合させているという点、それが意匠であり機能となっている点は今回も共通しています。

“Steps with Pure Curiosity”

──なるほど。共通する仕様はあるものの、今回は3Dプリントの技術は使われていないということですか? 実際、ソールには積層痕(3Dプリントによる造形で生まれる層状の断面)がありません。

津曲 プロダクト自体には使われていません。けれど、ものづくりのプロセスのなかにはしっかり生かされているんです。そのひとつの理由としては、3Dプリントで既製品を量産するというのが難しくなっている、ということがあります。

秋月 佑太(以下、秋月) そうなんです。さまざまなものづくりの現場でも問題になっていると思いますが、為替の変動が大きな理由のひとつです。以前は僕たちの3Dプリントのプロダクトも海外で生産していたのですが、ここ数年でコストのバランスをとることが難しくなってきました。

このような社会的な影響に加えて、MAGARIMONOとしても、新しいものづくりの方法や技術を開発していくことを重視していたという背景もあります。3Dプリンティングだけに頼るのではなく、より自由で、効率的で、しかも少量多品種というデジタルファブリケーションのメリットもあるような方法を、社内でも模索していたんです。

例えばモールド製法でも、高価な金型ではなくシリコンの型を用いたらどうなるかとか。射出成形やブロー成形はどうかとか。そういったさまざまな加工方法をリサーチするなかで、可能性を感じたのが切削加工という技術でした。金型をつくる必要がなく、しかも少ないロットでさまざまな形状を生み出すことができる。つまり少量多品種に向いている。

テクノロジーとしては古くからある手法なのですが、僕たちが得意としている3Dプリントは「アディティブ・マニュファクチャリング」と呼ばれていて、基本的にはどんどん材料を付加して造形していきます。一方で切削加工は引いていく方法、つまり「サブトラクティブ・マニュファクチャリング」で、真逆のアプローチといえます。このような製法を探求することで、MAGARIMONOとしても視野や技術を拡げていくことができると思いました。

──つまりプロダクトの成形には切削加工という技術が使われているのですね。これは今回のようなフットウェアの製造に用いられるものなのでしょうか?

津曲 いいえ。量産されるようなスニーカーやサンダルの製造には採用されていないと思います。なにしろ切削というのは、プロダクトやパーツをひとつずつ削っていくような作業になるので、大量生産には向かないんです。逆にいうと、少量多品種には向いている。ですから今回のプロジェクトのソールの成形に、この技術を用いたいと考えたんです。

“Steps with Pure Curiosity”

秋月 主に切削加工は金属加工を中心に発展してきた技術であり、ゴムのような軟質材料の加工については技術的な難易度が比較的高くなります。もちろん業界として全く知見がないわけではありませんが、特に今回のフットウェアのソールのように柔らかく、滑らかな造形を目指す場合、初期の段階では想定通りの仕上がりになりませんでした。そのため、加工機メーカーや職人の方々とのコミュニケーションを通じて軟質材料の加工ノウハウを共有しながら、我々も切削しやすい形状への調整を進めていくことで、品質を高めていきました。

──靴づくりのプロセスを新たに構築していったのですね。先ほどのお話では、そのなかに3Dプリンターの技術がいかされているということですが?

秋月 具体的には、プロトタイプの開発の段階で3Dプリンターを使用しています。さらに職人さんがソールを組み上げる際に使っていただくための、治具のような道具を3Dプリンターでつくったんです。

津曲 切削で成形したソールの上に複数のスポンジでできたインソールを貼り付けているのですが、これまではラスト(木型)というガイドになるものがありました。ところが今回の製法ではそれがなく、熟練の職人さんでも目で見当をつけるだけでは個体差がでてしまう。そこでフレームとなるようなものを僕たちが用意して、使っていただくようにしたんです。サイズごとに左右それぞれつくりました。これによってずいぶん作業効率も上げることができたと思います。

“Steps with Pure Curiosity”

──たしかに、これまでにないプロセスだからこそ、そのものづくりに必要な道具もこれまでにないものが必要となります。それを3Dプリンターでつくってしまうというのは、とても新しくて合理的な視点ですね。

秋月 そうですね。新しい道具をつくるにしても、モールドなどの製法ではコストも時間もたくさん要してしまいます。けれど3Dプリンターなら、コストも数百円ですむし、1時間ほどでつくれてしまう。もともと僕らとしては、必ずしも最終的なアウトプットに見えるかたちで3Dプリンターを使うべきだとは思っていなくて。今回のようにものづくりのプロセスのなかで、表に見えないような活用の仕方にも、デジタルファブリケーションの可能性はあるのではないかと考えています。

津曲 3Dプリントはあくまでひとつのツールですから。僕たちが何をつくりたいかが重要で、そのためのサポート役として3Dプリンターがある。もちろんプロダクトのアウトプットに使うのも、それが必要であればいいですが、今回のように裏方のような使い方でもとても役に立つんです。このような柔軟性や自由さが、3Dプリンターやデジタルファブリケーションの特性なんですよね。

秋月 デジタルファブリケーションといえば、今回のプロジェクトのために新しいプログラムを組みました。津曲がIllustratorというグラフィックのアプリケーションでソールのアウトライン形状を描画すると、3Dの切削加工用のデータが自動的にできあがるようにしたんです。A-POC ABLEのみなさんとの対話を重ねていくなかで、ソールのカーブやシェイプを調整していったのですが、グラフィックとして変化させるだけで、コンマ数秒で3Dデータになります。これによって試作開発のスピードが格段に上がりました。

これまでは修正が入るたびに、3Dデータをミリ単位で調整したり、全体の整合をとったりする作業が必要で、ソールの3Dデータをひとつモデリングするだけで、半日から1日くらい要することもありました。その作業をアルゴリズムとして一気通貫できるようになったんです。これだとバリエーションを出すのも楽ですしね。

津曲 なんというか今回のプロダクトのアウトプットは、MAGARIMONOのなかでもとてもフィジカルな手仕事のかたまりのように見えます。けれどその裏側で、デジタルファブリケーションのテクノロジーをうまく使うことができているんですよね。

──前回のプロジェクトでもそうでしたが、今回もまた結果として、手仕事とテクノロジーの融合が新しいかたちで果たされているんですね。そのようなアイデアはプロジェクトを始動するときから温められていたのでしょうか?

津曲 もちろんデジタルファブリケーションの技術だけでつくるようなことにはならないと思いましたし、何かが必要だとは思っていましたが、それが何かを見つけるまでには、かなり試行錯誤しましたね。レーザーカットと編み込みとか、竹編みとか。研究開発の過程で少しずつ見えていったような。

岡本 将宗(以下、岡本) そうでしたね。これは津曲さん、秋月さんにはお話ししていなかったのですが、つくる前の段階にさかのぼると、宮前(義之。A-POC ABLE デザイナー)から印象的な言葉をかけられていたんです。それは「原始時代に戻ったと思って、靴づくりをやってみたらどうか」という問いで。僕としてはとても衝撃的な言葉だったんです。その時代には、そもそもミシンだってないし、接着剤もありません。そのような環境でどうやって靴をつくるのかを考えていくと、木を拾って足の形に削り、革や葉っぱを蔦で巻いて、素足で履くようなイメージが出てきます。そういったとてもアナログなものづくりの考え方が、当初は制約のようにも思えましたが、逆に発想の源になっていったような感覚がありました。

“Steps with Pure Curiosity”

津曲 そんな話をされていたんですね。初耳です!

岡本 すみません(笑)。隠していた訳ではないのですが。

津曲 すごくプリミティブな編みのリサーチを岡本さんとたくさんして、いろいろな学びがあったのですが、それも「原始時代の靴づくり」というキーワードのおかげなのかもしれません。

岡本 編み込むという技術のスタディは、自分たちの手を動かしながらたくさんしましたね。竹材を織物の様に編み込んでアッパーをつくってみたり、そのために竹編みやラタンを研究したり。フレームに対する編み込みのバリエーションとして、テントや椅子の構造をリサーチしたり。結果的に、そうやって学んできたことを、機能や形状として、落とし込むことができたと思います。

例えば2つのパーツで構成されているアッパーは、大きく開いていてすごく履きやすいんです。それなのに、足の甲と後ろの足首をぐるりと巻いた形状になっているので、脱げにくくもある。しかも足当たりにも配慮して、裏側は柔らかなウルトラスエード(人工皮革)を貼りあわせています。それにその間に挟むスポンジ材も、津曲さんたちには相当吟味していただきました。履き心地に関しては、お互いにとても強い想いがありましたから。

津曲 最終的なアウトプットの形としては、すごくシンプルにしていくという方向性がありました。そうであれば、より足入れをしたときの感動を表現したいという思いが強くなっていきました。職人さんと一緒に材料からリサーチして、舞妓さんが履いている最上級の雪駄のソールを見つけることができたんです。高反発の発泡系のウレタン素材で、履き心地が圧倒的に違います。

靴づくりにとって、履き心地っていうのは最大の機能のひとつだと思うんです。そのためにランニングシューズやウォーキングシューズのような機能性まで突き詰めていく方向性もありますが、量産品としてより多くの人々を対象にしたテストを行なうようなプロダクトにつながっていく。それも重要ですが、僕たちが挑戦していきたいのは、より柔軟でクリエイティブな靴づくり。それによって今回のように可能性を提案していくことなんですよね。

──なるほど。一方でフットウェアというのは、新しい何かをつくり出すのが難しいプロダクトでもあるのではないでしょうか?人の足の形や機能は変わりませんし、過剰な装飾性にも向きません。

秋月 フットウェアを新しくしていくという意識は、僕らにはまったくないんです。デジタルファブリケーションや切削のような加工技術のリサーチと積み重ねを背景に、与えられた条件下において加工方法や素材の特性を最大限に引き出し、それを機能や意匠として落とし込めることが、僕たちの強みなのかなと思います。

津曲 昔の話になるんですが、MAGARIMONOを立ち上げたばかりの頃、3Dプリンターを使える環境が整ってきたとき、僕が最初に思ったのは、とにかく自由に靴をつくることができる、ということでした。木型という制約がなくなり、それに合わせてさまざまな伝統的な工程からも自由になれる。そのことにすごくワクワクしました。

今回のプロジェクトは切削加工がメインですが、木型は使っていません。つまり3Dプリントと同じように、靴づくりとしてとても自由度があります。きっといろいろな可能性を拡げていくことができると思います。

──さて、そのようにして今回のプロジェクトにおいても、ものづくりのプロセスの可能性が探求されてきたわけですが、原始時代という問いには応えられたと思いますか?

岡本 そうですね。改めて振り返って考えてみると、やはりこのプロダクトの原点は「原始時代」というキーワードが反映されていると思います。一般的な靴のソールは金型をサイズごとにつくり、樹脂を流し込んで大量生産していきます。そうしなければコストが釣り合わないとされているから。同じ理由でアッパーとソールの組み立ても通常は接着剤で貼り合わせています。

このような既存の靴づくりのプロセスがあるなかで、今回はまったく異なる視点や方法を実現することができました。切削加工によってソールを成形して、紐でアッパーと組んでいく。まるで、木を削ったソールに葉っぱのアッパーを蔦で組んでいくような、先ほどお話したイメージに近づいていくような。

津曲 たしかにそうですね。

岡本 いま多くの人たちが身につけている靴や衣服なども、最初は前例がないなかでつくられたはずですよね。それが徐々に世の中に受け入れられ、いつしかそれが既存のもの、一般的なものとして認識されるようになってきました。この新しいものづくりのプロセスによって生み出されたフットウェアも、例えば僕たちの次の次の世代でも、スタンダードと呼ばれ得るようなシンプルさであり、履き心地であり、ものづくりのプロセスだったと、自信を持って言えると思っています。

──靴づくりの原始時代をリスタートしたようなプロダクトといえるかもしれませんね。

津曲 僕たちも岡本さんと同感です。きっと靴の職人さんが見ても驚いてくれると思うんです。アウトプットとしては伝統工芸のような技術を使っていますが、プロダクトとしては見たことがないものになっているので。ちょっと残念なのは「原始時代の靴づくり」というキーワードを、始めに聞けていなかったことくらいですね(笑)。

秋月 答え合わせをできたという点ではよかったのかもしれません。

“Steps with Pure Curiosity”

今回のプロジェクトのコアメンバー。左から、MAGARIMONOの秋月佑太、津曲文登、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEの岡本将宗。


MAGARIMONO

2020年に設立。先端的なテクノロジーと数理アルゴリズムを駆使し、新たな視点で素材や工法を捉え直すことで、次世代のファッションを探求するフットウェアスタジオ。3Dプリンターを活用したスニーカーコレクション「MAGARIMONO Originals」をはじめ、独創的で未来を紡ぐ作品を制作している。A-POC ABLEとは23年に「TYPE-III Magarimono project」を発表。この春、その第二弾となるプロダクトをリリースする。津曲文登は共同創業者であり、フットウェアのデザインを担う。同社CTOの秋月佑太はデジタルファブリケーションの技術やエンジニアリングを担当。