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Episode 12
2025.11.25

田根剛
建築家 / ATTA ‒ Atelier Tsuyoshi Tane Architects
土地を纏う、纏われる建築

土地を纏う、纏われる建築

A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)は、2025年10月の「アート・バーゼル・パリ」期間中に発表した新プロジェクト「TYPE-XIV Eugene Studio project」において、インスタレーションデザインに建築家・田根剛氏 / ATTA ‒ Atelier Tsuyoshi Tane Architectsを招聘しました。
本展示では、寒川裕人・ユージーンスタジオによるシリーズ作品『Light and shadow inside me』と、その作品から着想を得て生まれた A-POC ABLE ISSEY MIYAKE の衣服にまつわる構想・思考・試作のプロセスを、あえて“表舞台”で見せる手法を採用しています。
それらの歩みを辿るとともに、「考古学的リサーチ」を手がかりに探究を続ける独自の視座を、田根氏との対話を通じて追いました。

土地を纏う、纏われる建築

田根氏がインスタレーションデザインを手がけた特別展「TYPE-XIV Eugene Studio project」のパリ会場。5つのエリアで構成された展示空間で、本プロジェクトが初披露された。

舞台裏の記憶に宿るもの

──まず本プロジェクトにおいて、田根さんにインスタレーションデザインを依頼するに至った経緯について、お聞かせいただけますか。

宮前義之(以下、宮前) 今回のプロジェクトを空間として「翻訳」いただける適任者は田根さん以外にいないと感じました。もちろん、寒川さん・ユージーンスタジオによるシリーズ作品『Light and shadow inside me』と、その作品に着想を得て生まれたA-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)の衣服、そしてそれらの解説だけでも展示として成立します。ただ私たちは、寒川さんの物事の捉え方に、コラボレーション以前から深く惹かれていました。着想が生まれる以前の思考のあり方、世界との向き合い方、制作のプロセスそのもの。A-POC ABLEとしても、今回は特にその「プロセス」を丁寧に開示することを重視しました。

土地を纏う、纏われる建築

特別展の会場にて、左から田根氏、寒川氏、宮前。

さらに、展示の地として選んだパリには、寒川さんの作品と響き合う独特の土地性があります。過去と現在、そして未来が交差する都市であり、写真と絵画の歴史的文脈が重層的に積み重なっている場所でもある。寒川さんの作品は、写真とも絵画とも断定しがたい曖昧さを宿し、観る人それぞれに解釈の余白を与えます。その作品と、A-POC ABLEの服づくりが、パリという場でどのように共振するのか。展示を組み立てるうえで、パリを拠点に活動し、考古学者のように思考の層を掘り下げてくださる田根さんが最もふさわしいと考え、依頼しました。

田根剛(以下、田根) 実は最初にイッセイ ミヤケのスタジオで、完成間近の展示品を一式拝見した時には「どう組み立てたら良いのか……」と頭を抱えました。『Light and shadow inside me』は、「光とは何か?」という根源的な問いから出発し、デジタル化が徹底的に進む時代に、すでに確立された印画技術をあえて解体し、手仕事で現象を「芸術作品」として立ち上げていく試みです。一方で、A-POC ABLEは「一枚の布」という衣服の原点に立ち返り、糸の織りの組織や密度だけで光と影の階調を描き出した。両者とも、技術の根源まで遡り、そこにアートの領域を宿らせている。非常にコンセプチュアルで、しかも同じ方向を向いた表現です。だからこそ、双方の響き合いを体験としてどう展覧会に落とし込むか。感性で受容する要素が大きい分、難易度も高い展示になるなと見積もっていました。

土地を纏う、纏われる建築

写真の『Light and shadow inside me』シリーズは、暗室内で一枚状の銀塩印画紙を折り、一つの光源で感光されたフォトグラムを用いた白黒の作品。今回のプロジェクトの着想源となった。

宮前 いい展示とは、頭と心の両方が動く。そのバランスが絶妙なものだと思っています。その意味でも今回、田根さんに大きく委ねている部分がありました。今回構想していただいた展示空間の入り口には、寒川さんのこともA-POC ABLEのことも知らない方に向けて、「我々が何者で、なにをしているのか」を知るタッチポイントをたくさん設けていただきました。文脈把握が大事な展示であるぶん、まさに田根さんが第三者視点で関わってくださる意義を感じる構成だと感じています。もし自分たちだけで発信していたら、展示のニュアンスが変わってしまったと思います。

土地を纏う、纏われる建築

『Light and shadow inside me』シリーズの白黒表現を応用し、タテ糸とヨコ糸の関係を軸に、白と黒の二色のみでグラデーション表現を実現した、A-POC ABLEによる一枚の布。特別展では、この一枚の布が空間を横断し、光と影、平面と立体が静かに呼応しながら会場を満たした。

田根 今回の展示作品は、宮前さんが先ほど言及された通り、「写真とも絵画とも断定しがたい曖昧さ」とその性質を直観的に識別することが難しいものばかりで、テキスタイルやカメラ・オブスキュラの知見なくして作品の真理に追いつくことが難しいだろうとも直観していました。非常に高度でわかりにくいだけではありません。現代を生きる私たちが“自明”だと思い込んでいる現象を解体し、「ものの認識」、つまり世界を振り返ろうとする試み、そして無形物を物質化していく一連のプロセス、認識論にまで遡って世界を観念的に捉える作り手の思考を、空間として翻訳する必要があると感じました。

土地を纏う、纏われる建築

(左)自然光による退色を試みた『Light and shadow inside me』シリーズ初期段階の見本。

(右)A-POC ABLEによるスチームストレッチ素材の見本。鑑賞者はルーペ(拡大鏡)を通して、織りの組織を観察することができる。

その一助として、展示品をただ分解して伝えるのではなく、蓄積されたプロセスを開示することに意味があるのではないかと考えました。光を照射して印画紙に影を焼き付ける「物質化」する実験、永久保存を想定した劣化耐性を測る実験など、これらは寒川さんとユージーン・スタジオがこれまでに表に出してこなかったパートです。A-POC ABLEの衣服についても同様です。従来の染色やプリント技術に頼らず、白と黒2色の組み合わせから成る豊かなグラデーションが生み出されるまでの試行錯誤の時間の蓄積を、できる限り解像度をあげて、拡大して伝えてゆくことができないかと模索しました。ただ、今時点で私もまだ理解の追いついていない部分があり(※取材は9月に敢行)、残りわずかな開催までの準備期間で、まだまだ煮詰める要素がありそうです。

土地を纏う、纏われる建築

特別展には連日多くの来場者が訪れ、大盛況のうちに会期を終えた。

未来は過去に内包される

——田根さんとの協業を経て、「自分自身では見出せなかった道具の価値を見出し、作品を捉え直すきっかけになった」と、Episode 11のインタビューにおいて寒川さんは発言されていました。田根さんが採用される「考古学的アプローチ」の効能が現れた言葉だと感じますが、その作用について、宮前さんはあらためてどう捉えていますか。

土地を纏う、纏われる建築

パリ12区。リヨン駅から徒歩10分ほどの距離にある、田根氏率いるATTAのアトリエ。

10カ国以上の国際的な経験を積んだスタッフが在籍し、ヨーロッパや日本を中心に、幅広いスケールの建築を手がけている。

宮前 建築の歴史を遡ると、素材や手法、これまでにない意匠を追求してきた時代が19世紀から20世紀にあったと仮定できます。では21世紀を生きる私たちは、今何を「新しい建築」として生み出すのか。個人的な見方かもしれませんが、そこにイッセイ ミヤケの置かれている服づくりと似た状況があると思っています。視覚的な表現が出尽くし、社会に大量に流通するなかで、見えるものだけではなく“見えないもの”まで含めて、もう一度問い直さなければならない時代に入った。そこで田根さんは、建築の役割や意義、土地が背負ってきた時間や空間的な背景を掘り起こし、膨大なリサーチから未来の姿を導き出している。そうした姿勢に、私は「新しい時代の建築家」としてのあり方を感じています。

土地を纏う、纏われる建築

帝国ホテル 東京新本館の模型を前に、コンペ当時、文化人類学と都市の文明や歴史まで遡ってホテルのプログラムを再考したリサーチについて説明する田根氏。

田根 照れますね(笑)、ありがとうございます。宮前さんがおっしゃる通り、僕らが今生きている21世紀というのは、ものすごいスピードで消費され、それに伴う主体的な喪失感や虚しさ、あるいは過去の産物が失われていくことを一身に引き受けている時代です。そのなかで、建築になにができるのか。単なる機能的な建造物ではなく、その場所が持つ固有の記憶──初期の定住者がなぜこの地に根を下ろし、どう生き、どのように暮らしたのかを掘り下げ、その連続性を未来へとつなぐこと。それが建築の役割ではないかと考えています。

土地を纏う、纏われる建築

田根氏が2006年以降手掛けた70以上のプロジェクトが時系列にディスプレイされた壁。思い思いに気になる作品について語り合う。

いま私たちが「考古学」という言葉やアプローチを用いているのは、現在を見つめるだけでは掴めない潜在的な事柄を、顕在化させるための思考だからです。考古学者が地層を掘り進めると、知らなかった時代の遺物や、忘れ去られた事実が唐突に現れることがあります。それが次の未来の起点になったり、歴史そのものを書き換えたりもする。そうやって、物質の世界と人間の世界が結びつき、リサーチと考察の先に、未来の記憶へと接続する何かが生まれる。私たちは、そこに大きな可能性があると信じています。

宮前 大人になった今だからこそ、見えていなかったもの、知らなかったことをもっと知りたくなる。そうした探究心は、A-POC ABLEにとっても原動力になっているように思います。服づくりにフォーカスするだけでは見えなかったもの、視点を少し回転させ、衣服とつながる周辺の要素を掘り下げることで、まったく新しい未知にぶつかることがある。そうした考古学的なアプローチを取り入れることにこれからの可能性があると信じていますし、今まさに一番面白さを感じていることでもあります。

土地を纏う、纏われる建築

田根氏がプロジェクトの最初に必ず用いる考古学的アプローチ。その手法をいくつかのテーマに分けてまとめた手作りの本を見ながら、リサーチのプロセスについて説明する。

田根 実のところ、アイデアを出すことは、誰にでもできるわけではないと僕は思います。「なにかを生み出したい」という衝動がまずある。その上で、完成形が見えていなくても、とにかく手を動かしてみる。その運動によってはじめて見えてくることがある。私たち自身、リサーチの最中は、自分たちがなにを作っているのかすら、説明できないことがあります。ひと通りの作業を終えてからようやく「自分たちはなにをしていたか」と意味づけできることも少なくありません。

宮前 プロセスを蓄えると言いますか、情報をちゃんと知恵として消化して足したり掛け合わせたりすることで、言語化しにくい暗黙知が具現化されていくのだと感じました。私たちA-POC ABLEチームのリサーチでも、ゴールへ一直線に向かうことはほとんどありません。どこに辿り着くのかもわからない沼地でもがいているような感覚を覚えることもある。一見、袋小路に迷い込んだように見えても、振り返ると自分たちがより自由に創造するための「仕組み」を探し続けていた、ということが多いんです。

土地を纏う、纏われる建築

時間の痕跡に惹かれる田根氏は、骨董品を集めている。オフィスの棚や机には、旅の記憶とともに、大小さまざまな蒐集品が並ぶ。

田根 共感します。未来はどこから生まれるのか──そのテーマを考えるとき、人の創造性を奪わず、かつ想像力を広げていける仕組みを、どうすれば実現できるのか。ずっと考え続けています。

「時間の集積」という産物

——和辻哲郎が『風土』で論じたように、土地が人にもたらす影響と、その産物を行き来しながら土地の全体像に迫る。そのとき田根さんは、建築だけでなく、歴史、素材、文化、人類学など、さまざまなレイヤーから切り込んでいきます。それが可能なのはなぜでしょうか。

土地を纏う、纏われる建築

アトリエ内にあるサンプルルームにて、土や煉瓦、タイル素材を見ながら、場所に根差した素材選びや職人との関わりについて、建築と衣服を超えて語り合う。

田根 詰まるところ、生き方の問題に集約されるのかなと思います。人類はこれまで、あらゆるものをつくり上げては破壊してきました。最近では、破壊の仕方に対してさえ敬意が失われつつある。そうしたなかで、自分たちがエネルギーを注いでつくったものも、いずれ同じ運命を辿るのは自然なことです。では、その破滅の道を少しでも遠ざけ、より長く「生きた状態」で維持するにはどうすればいいのか。近年、自分が参照する建築は20世紀以前のものにほぼ限られるようになりました。ベースには近代化への根本的な違和感が横たわっています。100年以上の歳月にさらされても空洞化しない、息の長い街の風景があり、技術がある。それらを束ねて俯瞰して眺めると、地下水脈のように、なにか深いところで繋がるものがあるように感じます。

土地を纏う、纏われる建築

模型や素材サンプルを整理・展示するために自分たちで設計・制作したオリジナルの棚。700㎡のアトリエは単なる仕事場ではなく、自らの手で場所の可能性を引き出す実験やリサーチの場でもある。

宮前 三宅も、ISSEY MIYAKEというブランドを立ち上げる前から、すでに物事の本質を見抜いていたのではないかと思います。衣服のデザインの世界に立つと、その時代、その瞬間に輝く製品を生み出すことが至上命題になります。ただ、服づくりの面白さはそれだけに留まりません。デザインを通じて社会とつながっていくことに、もうひとつの本質がある。私たちはA-POC ABLEという場を与えられて、ようやくその領域に少しずつ触れられるようになってきました。三宅のおかげですし、一体どこまで見通していたのだろうと、今でも驚かされるばかりです。

田根 そうですね。ひとつのブランド、あるいは物事を長く続けることの尊さをあらためて感じます。

宮前 いまの「長く続けることの尊さ」という言葉に触れると、田根さんのお仕事には、いつも時間への深い敬意があると感じます。アトリエに伺った際、100本ノックのように何十ものモックアップを積み重ねていくプロセスを拝見しましたし、世界各地を実際に訪れ、その土地を五感で吸収していく姿勢にも触れました。どれも、時間をかけて丁寧に物事と向き合う行為そのもので、非常に印象に残っています。

土地を纏う、纏われる建築

元は立体駐車場のガレージだった場所を改装したというATTAのアトリエ。時間と天候の移ろいが静かに空間へ染み込み、室内でありながら外と地続きのような感覚を生み出している。

一方で私たちは、短期間で慌ただしく「リサーチ」し、理解したつもりになってしまうことが少なくありません。本来なら吸収できたはずのものがこぼれ落ちているのではないかと、田根さんとご一緒するなかで痛感しました。短期集中型のデザインプロセスから、丁寧に検証する時間を確保する新たなサイクルへと移行したいという思いは以前からありましたが、業界の構造的な制約も大きく、すぐに梃入れできないジレンマを抱えてきたのも事実です。ただ今回、田根さんとの協業によって、私たち自身の「時間」の感覚がゆっくりと変わりつつあると感じています。この感覚を根づかせなければ、あらゆるものがただ溢れ、流れていってしまう。そうした危機感があるからこそ、今回の取り組みは、大きな学びをもたらしてくれました。

土地を纏う、纏われる建築

A-POC ABLEデザインエンジニアチームと田根氏。左から星野貴洋、中谷学、田根氏、高橋奈々恵、宮前。

田根 恐縮です。近頃、「土着」という日本語がとても良い言葉だと感じています。まるで「土を着る」かのようなイメージを内包した言葉ですよね。建築とは、まさにその土地をじっくりと見つめ、その土地にしっくりと馴染む“土の纏い方”を考える営みでもあるのではないかと考えるんです。同時に、建築が「纏う」だけでなく「纏われる側」として、つまり土地からどう受け入れられるかという視点も、この先、土地と建築を結ぶうえで重要な価値基準のひとつになると感じています。そうでなければ、長い時間軸の中で建築が残っていくことは難しいでしょう。樹木が長い年月をかけて根を深く下ろし、幹を太くし、枝葉を青々と伸ばしていくように、時間に根差した繁栄のあり方を礎とし、未来の記憶を掘り下げてゆく。その立場から世界と関わっていければと考えています。

田根剛|TSUYOSHI TANE

建築家。ATTA - Atelier Tsuyoshi Tane Architects代表。フランス・パリを拠点に活動。主な作品に『エストニア国立博物館』『弘前れんが倉庫美術館』『アル・サーニ・コレクション財団・美術館』『帝国ホテル新本館(2036年完成予定)』など。主な受賞にフランス芸術文化勲章シュヴァリエ、フランス国外建築賞グランプリ、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞など多数。