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Episode 13
2025.12.26

折りがひらく、四次元の技術とデザイン

鳴海紘也(慶應義塾大学 理工学部 准教授)
杉本雅明(エレファンテック株式会社 Co-Founder / 顧問)
須藤 海・割鞘奏太(Nature Architects株式会社)
伊藤織恵(富士フイルム株式会社)

折りがひらく、四次元の技術とデザイン

A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)は、2025年12月より「TYPE-X Inkjet 4D Print project」の販売をスタート。インクジェットプリンターで印刷したシートに熱を加えるだけで、かたちが自律的に立ち上がる。この技術革新を活用して生まれたピアスは、技術と折りの探究が結びついて生まれたプロダクトです。テクノロジー、デザイン、マテリアル。それぞれの領域を横断して集った専門家たちの協働の過程を、対話を通して辿ります。

デジタル・ファブリケーションと折り紙が出会うとき

折りがひらく、四次元の技術とデザイン

本取材は、鳴海氏(写真中央)が准教授を務める慶應義塾大学理工学部・鳴海研究室で行われた。

——まず本プロジェクトが生まれた経緯について、お聞かせいただけますか。

鳴海紘也(以下、鳴海) 2015年当時、私は東京大学の川原圭博教授が率いる「ERATO 川原万有情報網プロジェクト」(※1)に研究員として所属していて、そのプロジェクトで開発した技術をイッセイ ミヤケの皆さんにご覧いただき、応用の可能性について意見交換をする機会があったんです。そのときは試作に留まったのですが、2020年に今度はInkjet 4D Printの技術を見ていただいたことがきっかけとなり、「TYPE-X Inkjet 4D Print project」(以下、「TYPE-X」)のプロジェクトが始まることになりました。

※1
「ERATO 川原万有情報網プロジェクト」(2015〜2022)は、人工物が環境に自然に溶け込み、人間と自律的に共生しながら新たな価値を生み出す、次世代IoTのあり方を探究した研究プロジェクト。鳴海氏は、東京大学大学院工学系研究科・川原研究室の出身であり、杉本氏が共同創業したエレファンテック株式会社も、同研究室で培われたインクジェット技術の社会実装を目指して誕生したスタートアップである。

Inkjet 4D Printとは、東京大学の研究グループ(※2)が開発した、複雑なパターンを印刷したシートを加熱するだけで、立体構造を自動的に折ることのできる技術です。従来はCGシミュレーションでしか存在し得なかった形を、現実に立ち上げる新しいデジタル・ファブリケーションのアプローチと言えます。

※2
研究グループ:本取材に出席している、当時・東京大学大学院工学系研究科 特任講師(現・慶應義塾大学准教授)の鳴海氏、Nature Architects株式会社の須藤氏、エレファンテック株式会社の杉本氏、そして東京大学の川原圭博教授、舘知宏教授、五十嵐健夫教授、宮城大学の佐藤宏樹准教授らが参加した研究体制。

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Inkjet 4D Printによって制作されたプロトタイプの数々。中央の黒いキャップは、研究段階で須藤氏・鳴海氏らによって作られたもの。三次元形状を直接出力する3Dプリントに対し、Inkjet 4D Printは時間変化を前提に形状が変わるため、縦・横・高さに時間の次元を加えて「4D」と名付けられている。

この技術のおおもとを考案したのは杉本さんです。インクジェットプリンターで熱収縮シートに模様を印刷して熱を加えると、インクに負荷がかかり、シートが自律的に折れ始める。その現象を単なる「たまたま起きてしまう変化」ではなく、制御できる構造として見出したのが杉本さんでした。

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Inkjet 4D Printで設計された折紙シート(左)。十万本を超える折り線と数万の面を持つ複雑な折紙構造を、自律的に折り上げる「自己折り」が可能となるこのシートは、約70〜100度で加熱するだけで、狙った立体の形状へと変化する(右)。

杉本雅明(以下、杉本) Inkjet 4D Printは、ファッション分野の社会課題を勉強する中で、手間のかかる縫製工程をインクジェット印刷技術で代替できないか探るところから始まりました。そのアイデア自体は思いついていたものの、その当時、私が共同創業したエレファンテックはスタートアップで、人員や時間の余裕がほとんどありませんでした。だからこそ、この技術を一緒に磨き上げられる相手を探したとき、真っ先に思い浮かんだのが鳴海先生でした。技術開発の視点を持ちつつ、ファッションやカルチャーといった領域にも自然に接続できる素養を持った方と取り組みたい、そう考えたんです。

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エレファンテック株式会社Co-Founder・杉本氏。

鳴海 杉本さんからお話をいただき、私自身、とても可能性を感じた一方で、加熱するだけで平面の印刷シートがさまざまな立体へと変形するこの技術を、どのような「折り方」で活かすべきか、手がかりが欲しいと思いました。そこで、折紙工学の研究をしている友人の須藤さんに加わってもらうことになったんです。須藤さんは1枚の紙から複雑な立体物を設計するための「Crane」(※3)というソフトウェアを開発していて、それを使えば理論上はどんな立体にも自動変形する折り紙をつくることができる。そこでまずはバングルや指輪をつくろうという話になったんですよね。

※3
「Crane」は、須藤氏が東京大学 舘 知宏研究室在籍時に共同開発した折紙技術を用いたプロダクトデザインの支援ツール。1枚の平面を折りたたむことで複雑な立体物にするための「折り方」を簡単に設計することができる。

杉本 須藤さんの視点から、Inkjet 4D Printのインパクトや意味はどんなところにあると思いましたか?

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Nature Architects株式会社・須藤氏(左)と割鞘氏(右)。

須藤 海(以下、須藤) そもそも折り紙の研究の歴史は、折る技術そのものよりも、立体を導き出すための「設計」に焦点を当てて発展してきました。というのも、折り紙研究者は手先がとても器用なので、複雑な構造でも自ら折ることができてしまう。例えば、折紙工学の第一人者である舘 知宏先生(※4)の動画には、10時間折り続けるケースもあります。膨大な時間と労力を前提とする手作業が中心だったからこそ、折り紙研究は長く遊びやアートの領域に留まり、産業や実装の世界へ接続するのは難しかったと思います。

※4
東京大学大学院工学系研究科の舘知宏教授は、折紙工学の第一人者。須藤氏、割鞘氏は舘研究室の出身で、Nature Architectsも同研究室に所属していたメンバーによって創業された大学発スタートアップである。

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折り紙研究の歴史に話が及んだとき、須藤氏が手に取ったのは、折り紙界の第一人者・前川淳氏による『本格折り紙 入門から上級まで』(写真左)。加飾する前の折紙シートを加熱して制作したプロトタイプ(写真右)。

その状況を革命的に変えたのが、Inkjet 4D Printのように折り紙を自動で折ることのできる「自己折り」と呼ばれる技術です。物理的な刺激を与えることによって、あらかじめ設計された折りのパターンが自動的に立ち上がっていく。イッセイ ミヤケが開発した、熱を加えることで布が収縮する「Steam Stretch」(※5)は、その先駆けとなった技術だと思います。自己折りが可能になったことで、ついに折り紙の技術がプロダクトに昇華されるパラダイムシフトがやってきたと思いました。

※5
「Steam Stretch」は、イッセイ ミヤケによる、熱と蒸気によって布の特定の部分だけを折り曲げ、プリーツ状の伸縮構造をもたらす技術。2023年に発表された「TYPE-V Nature Architects project」は、Steam Stretchの技術とNature Architectsの設計プログラムを用いることで実現した。

鳴海 Steam Stretchも、舘先生の仕事にインスパイアされたとおっしゃっていましたよね。

宮前義之(以下、宮前) そうですね。2013年当時、私はプリーツをこれまでとは異なる方法で生み出せないか、日々模索していました。イッセイ ミヤケでは1988年に「製品プリーツ」技法による衣服を発表して以来、30年以上に渡りプリーツに向き合ってきましたが、既存の技法だけでは新しさを生み出すことに難しさを感じていたんです。そんなときに、東京大学で開催されていた舘先生の「計算折紙のかたち展」を訪れて、強い衝撃を受けました。そのとき私には、折り紙というよりも、その頃から研究開発をしていたSteam Stretch素材の新しい構造に見えてしまったんです(笑)。この形状をテキスタイルとして生み出すことができれば、まったく新しいストレッチ素材になる。直感的にそう感じ、強く惹かれました。そこからの探究が最終的にSteam Stretchの発展につながっていくことになりました。

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A-POC ABLEデザイナー・宮前。

興味深かったのは、私たちはあくまでプリーツの歴史の延長線上にあるものとしてSteam Stretchを捉えていたにもかかわらず、実際に発表してみると国内外のテクノロジー分野の方々から大きな評価をいただいたことです。冒頭で触れた東京大学の川原先生のメンバーからご連絡をいただいたのも、その流れの中にあったのだと思います。

鳴海 須藤さんはもともと舘先生のもとで折り紙の研究をしていて、宮前さんも偶然、舘先生の展示をご覧になったことがSteam Stretchの発展へとつながっていった。一方で、私と杉本さんはデジタル・ファブリケーションの研究を進めていて、自己折りの技術を見つけていた。折り紙の設計に心を寄せていた人たちと、モノが自ら立ち上がる仕組みに魅了されていた人たちが、たまたま同じ時期に研究していたんですね。その異なる流れがひとつの点に収束したことで、「TYPE-X」として、このピアスが生まれることになりました。

——富士フイルムさんは、どのような経緯でプロジェクトに加わることになったのでしょうか?

鳴海 Inkjet 4D Printの論文を書いていた頃は、製品化を目指しているわけではなかったので、「よく縮むフィルム」があればよかったんです。ところが実際にできたものを触ってみると、すぐにバキバキに割れてしまったんですね。そこで形状の工夫だけでは解決できず、素材そのものを見直す必要があると気づいたとき、杉本さんが富士フイルムさんをつないでくれたんですよね。

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富士フイルム株式会社・伊藤氏(写真中央)。

伊藤織恵(以下、伊藤) 最初にいただいたご相談は、シートに加飾を施せないかというものでした。富士フイルムでは、「ヘッド」「インク」「画像処理」をすべて自社グループ内で一貫開発できる強みを活かし、先進的なインクジェット印刷技術の研究を進めています。ちょうどその頃、「高輝度メタリックインクジェット技術」の開発に取り組んでいた時期でもあり、その素材を試してみることになりました。

この技術は、箔押しのような特別な加工を施さなくても、インクジェットだけで高い輝度を持つメタリック表現が可能で、部分的な印刷やカラーにも対応できます。ただ、日頃扱っているのは印刷物で、基本的には平面用途を前提にしています。この素材についても、面を加飾する以外の用途が見出せず、まさに可能性を探っている最中でした。それが今回、まさかアクセサリーへと生まれ変わるとは思っていませんでしたが(笑)、結果的に素材として新しい可能性が開けた実感を強く持っています。

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高輝度メタリックインクジェット技術を用いたシートのサンプル。富士フイルム独自の分散技術とインクジェット技術を組み合わせることで、従来よりも高い輝度を持つメタリック表現を実現している。

杉本 大学の技術が外とつながる際、起業やビジネスが媒介になることが増えています。同時に、イッセイ ミヤケさんや富士フイルムさんのような企業側も、スタートアップや大学との協働に前向きになっている時代だと思います。ファブリケーション・ムーブメント、社会実装、産学連携──今回のプロジェクトは、そういった流れが重なった先に生まれたものなのだと思います。

デザインと技術のあいだで

——製品として、もともとピアスにすることは念頭にあったのでしょうか?

鳴海 最初は考えていなかったです。ピアスをつくることになったのは、かなり最後の段階だったと思います。

宮前 どのプロダクトとして形にするかについては、きちんとしたストーリーが必要だと思っていました。富士フイルムさんに参加いただき、メタリック素材を用いることが決まったことで、宝飾のイメージが自然と立ち上がってきたんです。ジュエリーの世界は一般的に、石などの素材を削り出して形をつくりますが、それが1枚のシートから生まれるというのは、ジュエリーの歴史という文脈と並べてみても、とてもおもしろい試みになると感じました。ヨーロッパの宝飾文化とも異なるアプローチになるので、海外で発表する際にも強い印象を残せるだろう、という期待もありました。

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高輝度メタリックインクジェット技術によって印刷されたパターンシートと、加熱によって立体へと変形した「TYPE-X」のプロトタイプ。

2024年、パリでの展示では、平面のシートが立体へと変化し、アクセサリーへと昇華していくプロセスをインスタレーションとして発表しました。その際に制作したのはピアスではなく、バングル。ただ、バングルの場合、テーブルにぶつけてしまうなど、生活の中で予期できない物理的な損傷が生じてしまいます。何年も使っていただけるものにしたいと考えたときに、直接プロダクトに外力が加わらないピアスへと焦点を移すことにしました。そうした経緯があって、現在の形に行き着きました。

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2024年3月3日〜4日、フランス・パリで開催した特別展示にて「TYPE-X」を公開。写真のプロトタイプも披露した。

鳴海 パリでの展示では、メタリックのパターンシートをずらりと並べ、お湯を張った水槽に入れるとバングルへと変形していく様子を来場者にご覧いただき、そのまま持ち帰っていただきました。割鞘さんが本当に多くの形状を設計してくださって、あの種類の豊富さが実現できたことに、いま振り返っても驚くばかりです。

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取材では1枚のパターンシートを熱湯に浸し、立体化する過程を実演。

割鞘奏太(以下、割鞘) そうですね。「Crane」には狙った曲面に沿うような折り紙パターンを設計する機能があるのですが、まずは使えるパターンのバリエーションを大幅に増やしました。そして新たに収録した数々のパターンを、手首に沿うシリンダー状の曲面に配置し、「Crane」のアルゴリズムで折り紙として成立するように調整し、平らな展開図と印刷データを出力する──その工程を担当させていただきました。

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須藤 富士フイルムさんの参加によって、メタリック素材に加飾することが可能になり、デザインの工程において決定的な転換点となりました。とりわけ重要だったのは、どのようなパターンであれば光の反射が最も美しく立ち上がるのかを検証すること。割鞘さんと望月さんが組んで、幾度となく試作と検討を重ねてくださいました。

望月雅斗(以下、望月) 「こういう形は実現できますか?」と割鞘さんに投げかけ、割鞘さんがプロトタイプをつくっては検証する、という往復が続きました。ただ、バングルでは端が裂けてしまうことが多く、ピアスは耳につけるために金具を固定する部分を設計する必要がある。製品として成立する形へ落とし込むプロセスは想像以上に試行錯誤の連続でした。

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A-POC ABLEエンジニアリングチーム・望月。

鳴海 今回のプロジェクトでは、技術者である私たちは職人のような役割を担っていたと思います。そしてA-POC ABLEチームは、その技術を使ってきちんと世に届けられる製品にしたいと言ってくださった。望月さんは、デザインと技術のあいだの板挟みのような立場で、数えきれない試行錯誤を支えてくださいました。

宮前 A-POC ABLEとしてデザインする以上、プロトタイプで終わらせず、確かな製品として届けるべきだという思いがありました。そう決めてスタートし、月に一度の打ち合わせを重ねていくうちに、気づけば3年が経っていましたね。

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杉本 完成したものだけを見ると非常にシンプルに見えますが、設計、材料、製造プロセスのすべてが未知への挑戦でした。その地道な歩みに、A-POC ABLEのみなさんが粘り強く寄り添ってくださったことは、本当に大きかった。技術者は理論としては理解できても、どのバランスで技術を「製品」として仕上げるべきか、その加減は正直わからないことがあります。技術だけでは社会に実装することはできない。そこには、A-POC ABLEの肌感覚——何をもって製品として良しとするのか、どこに焦点を合わせて磨き上げていくのかが必要不可欠です。根気強くプロトタイプを磨いていただいたおかげで、この技術を社会に出すことができたのだと思います。

伊藤 まさに、その通りだと思います。私たち技術者には、その最終判断は難しいもの。A-POC ABLEの洗練された思想やデザインに触れ、このチームでの刺激的なディスカッションが積み重なったことで、この体験型プロダクトが形になったと感じています。

杉本 企業との協業では、期をまたげば話が霧散してしまう、そんな経験が少なくありません。でも今回のプロジェクトでは、A-POC ABLEのみなさんの、可能性に対する選球眼やチームに対する信頼、それから最終的には関わっている人たちに「製品が社会に出るところを見たい」というモチベーションがあったからこそ進めることができた。技術者を信じてリードしてくれる人がいて、根気強く仕上げてくれるチームがいる。技術側にとってはものすごくありがたいことでした。

折りがひらく、四次元の技術とデザイン

立体化するにつれ、美しい反射のパターンが現れてくる。

鳴海 Inkjet 4D Printを発表したあと、ほかのブランドから声をかけていただく機会もありました。ただ、「次のシーズンに間に合わせたい」「3カ月でできますか」といった相談も多く、それは現実的には不可能なんです。論文として発表された段階の技術は、産業として世に出すにはまだ遥か手前にあるものなんです。興味を持っていただけるのは本当にありがたいのですが、もっと長い時間軸で考える必要がある。今回はA-POC ABLEのみなさんが長期的な視点で粘り強く見守ってくださったからこそ、ここまでたどり着くことができました。

——宮前さんがプロジェクトを推し進め、迷いなく決断を重ねていく力は、デザイナーとしての経験を通して培われてきた身体知なのでしょうか。

宮前 そうですね。けれど最終的には、ものに対しての判断は直感でしかないと思っています。そして、そこに集まったチームが心地よい関係でいられるかどうかは、何より重要です。鳴海さんをはじめ、関わる誰もが「これはかたちにしたい」という思いを強く持っていることが伝わってきた。だからこそ、きっと実現するだろうと感じていました。途中には、崖っぷちに立たされているような瞬間も確かにありました。それでも今回のように、世の中へ出すことができたという事実は大きい。さらに、ここから条件を変えたり、フィルム以外の素材へ技術を展開していく中で、新しいものづくりの可能性がひらけていくのだと思います。

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余談になりますが、イッセイ ミヤケの資料室を訪れると、広く知られている製品はごく一部に過ぎず、世に出なかったサンプルが驚くほど眠っています。1年間に生み出されたサンプルの数は想像をはるかに超え、コレクションとして発表されるのはそのごく一部です。そして『ISSEY MIYAKE 三宅一生』などの歴史として掲載されるのは、その中でも結晶のように磨き抜かれた断片だけです。つまり、イッセイ ミヤケのものづくりは、途方もない量の試行錯誤の蓄積によって形づくられている。その事実があるからこそ、私たちもいきなり「正解」や「ヒット」を狙うのではなく、数えきれないトライ・アンド・エラーを重ねる姿勢を貫きたい。そこだけは、揺るがないと思っています。

折りがひらく、四次元の技術とデザイン

手を動かし、観察すること

——Inkjet 4D Printの原理になっている物理現象には、科学の領域が強く立ち上がります。そうした現象に対して、人の作意——デザインや意図といったものは、どの程度まで介入できるのでしょうか? 物理の世界と人間の意思がどのように交わり、どのように形を成していくのか、そのあたりを伺いたいと思いました。

割鞘 理論上は同じかたちになるパターンでも、実際に加熱してみると完全にシミュレーション通りにはならず、少しずつ異なる結果になる。そこに対して望月さんが、デザインの視点から「良さ」を見出すプロセスがありました。

杉本 先ほども触れましたが「何を良いとするか」は、物理やサイエンス、技術側だけでは決められない領域です。そのなかで、シミュレーションではなく、実際に立ち上がった形を一つひとつ見て「これがいい」と選び取ってくださった。それは、技術側からは決して導けない判断で、そこにこそ、A-POC ABLEチームと私たちが協働する意義があると思っています。

折りがひらく、四次元の技術とデザイン

鳴海 例えば、まっすぐに折れるべき線がぐにゃっと曲がったパターン。エンジニアの感覚では「失敗」に入ります。

須藤 最終的に採用された形の中には、私たち技術者から見れば「失敗」がたくさん含まれています。ところがデザインの視点では、それを「おもしろい」と捉えていただけた。

鳴海 結果的に「失敗」から生まれた形が採用されたのは、このプロジェクトの象徴的なところだと思います。

望月 私たちのものづくりは、手を動かし、目の前で立ち上がったものを見て判断することです。もちろんスケッチやデータも使いますが、実物を見ないと、本当にいいのかどうかはわからない。うまくいかないかもしれないアイデアも、すべて一度つくってみる。今回のピアスでは、直線的な折りが前提となる中で、ふっと現れた曲線の動きに強く惹かれました。その瞬間を捉えて選び取った、という感覚です。

折りがひらく、四次元の技術とデザイン

——パッケージのデザインも望月さんが担当されています。

望月 はい。まず、ピアスを包むものとして、厳かな佇まいにしたいと思いました。コンセプトとしては、パッケージ自体を「立方体を斜めにカットした片割れ」のように見立てています。長方形のシートが斜めのラインで折られるだけで、複雑で美しい造形が浮かび上がるこの商品のように、箱の上面を斜めにすることで商品の特徴を写した特別な箱になると考えたからです。内部については、蓋を開けた瞬間に自然と上部に指を掛け、ピアスを取り出せるように設計しました。ただ、それが想像以上に難しかった。取っ手となる部分は、何度もパターンを試作し、調整を重ねて形にしていきました。

折りがひらく、四次元の技術とデザイン
折りがひらく、四次元の技術とデザイン

「TYPE-X 」のパッケージデザイン。

鳴海 アフォーダンス。つまり、ユーザーが思わず手を伸ばしたくなる性質をデザインとして織り込んだ、ということですよね。興味深い視点です。

杉本 包むものによって、中身の価値の感じ方は相当変わってきますから。

宮前 とりわけアクセサリーは、自分への贈り物だけでなく、誰かのために選ばれることも多い。だからこそ、開ける瞬間の高揚感は欠かせないと思っています。

——A-POC ABLEとして、Inkjet 4D Printを活用したものづくりの文脈はこれからも続いていくのでしょうか?

宮前 そうですね。「折る」という行為や技術、そこから生まれる新たな表現は、これからも探究していきたいと思っています。パリで発表したバングルも、シートを変えれば将来的に製品化できる可能性もあるかもしれません。

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鳴海 あらためて「TYPE-X」の経緯を振り返ると、まず指輪のプロトタイプがあり、パリでバングルを発表し、製品化にあたっては現実的な解としてピアスに落ち着いた。でも技術が途中で大きく進化したことで、いまなら指輪やバングルも、より洗練された形にできる可能性があると感じています。

杉本 技術の立場としては、そう思いますね。その上で、完成品として世に出すには、プロトタイプとはまったく別次元の完成度が求められます。すべてのバランスを見極めながら磨き上げる必要がある。だからこそ、我々はこれからもA-POC ABLEに向けて可能性を提示し続けたい。技術は提案し続けることで、次の地平へ進めると信じています。

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鳴海紘也 |Koya Narumi
慶應義塾大学理工学部准教授。専門はヒューマン・コンピュータ・インタラクションで、特に特殊な素材と構造を活用したデジタルファブリケーションや形状変化インタフェースなどの研究に従事。主な受賞歴として、2020年度東京大学総長賞、2023年第7回羽倉賞、2024年船井研究奨励賞、2025年マイクロソフト情報学研究賞など。

杉本雅明|Masaaki Sugimoto
エレファンテック株式会社共同創業者・顧問。ホルンフェルス合同会社代表。 コミュニティーカフェ「Lab-Cafe」(2008)の立ち上げから、東京大学発スタートアップをSXSWへ派遣する「Todai To Texas」の共同設立(2013)など、テクノロジーとカルチャーを横断した活動を展開。エレファンテック株式会社の共同創業者(2014)として、インクジェット印刷による脱炭素電子基板技術の普及に取り組んだ。

須藤 海|Kai Suto
Nature Architects株式会社 代表取締役 CEO。2018年、折紙技術を用いたプロダクト設計支援ツール「Crane」を谷道と共に未踏事業にて開発。2023年発表のTYPE-V Nature Architects Project にて A-POC ABLE との共同プロジェクトを推進。2024年度ソフトウェアジャパンアワード受賞。

割鞘奏太|Kanata Warisaya
東京大学大学院工学系研究科で舘知宏研究室に所属。2023年度に修士号を取得し、2024年度より博士課程。専門は建築幾何学や計算機構学で、特に折紙やテセレーションに基づき形と動きの設計やファブリケーションを行う。2022年よりNature Architects株式会社でアシスタントエンジニア。2021年度東京大学総長賞。

伊藤織恵|Orie Ito
名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了後、2011年に富士フイルム株式会社に入社し、インクジェット用インク処方開発に従事。同社製品であるJetpressシリーズ他、水性インクの開発および商品化を担当。